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October 30, 2007

デジカムが埃かぶらずにすむ

魚拓

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防衛医大病院医療過誤訴訟:国に880万円支払い命令 説明義務違反認める

 ◇差し戻し審

 防衛医科大病院(埼玉県所沢市)で脳動脈瘤(りゅう)破裂を防ぐ手術を受け死亡した男性大学教授(当時61歳)の遺族が、手術法の説明が不十分だったとして国に約9600万円の賠償を求めた訴訟の差し戻し控訴審で、東京高裁は18日、880万円の支払いを命じた。太田幸夫裁判長は担当医師に説明義務違反があったと認めたが、死亡との因果関係は否定した。

 判決は「手術の問題点について分かりやすい説明があったとは認められない。教授は30~40分の説明を受けただけで、熟慮の機会を与えられなかった」と述べた。一方、説明を尽くせば教授が手術に同意しなかったとまでは言えないとした。

 教授は96年2月に手術を受けた後、脳梗塞(こうそく)で死亡。東京地裁は、医師が説明を尽くしていれば手術を受けなかった可能性が高いとして約6640万円の賠償を命じたが、東京高裁は説明義務違反を認めず遺族側逆転敗訴とした。最高裁は06年10月、審理を差し戻していた。【北村和巳】

毎日新聞 2007年10月19日 東京朝刊
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>脳動脈瘤(りゅう)破裂を防ぐ手術を受け

脳動脈瘤が破裂してSAHとなり,瘤の再破裂を防ぐための手術なら「医師が説明を尽くしていれば手術を受けなかった可能性が高い」とはならないだろう。やはり未破裂動脈瘤か。1996年ではコイル塞栓術は一般的ではなかったはず。破裂を防止するにはクリッピング手術を受けるしかない。


未破裂の脳動脈瘤に関しては今年の初めにも書いた。

http://anesthesia.cocolog-nifty.com/freeanesthe/2007/01/post_f7ac.html

無症状なのに開頭手術を受けて合併症で死亡した場合,遺族の喪失感は強い。「手術を受けなくても動脈瘤は破裂せず,長生きできたかも知れない」と。


>判決は「手術の問題点について分かりやすい説明があったとは認められない。教授は30~40分の説明を受けただけで、熟慮の機会を与えられなかった」と述べた。

30~40分の説明の後,ただちに手術室へ運ばれたかのような書き方だ。もしそうなら,SAHの緊急手術か。しかし,本人が手術の説明を40分も聞いていられるなら,緊急手術とは思えない。


それにしても,30~40分も説明しても裁判で「説明が足りない」と糾弾されるとは。


10年前とはいえ,手術の同意書ぐらいはあったはず。同意書とは「説明した」「いや聞いていない」の水掛け論に終止符を打つためのものだと思っていたが,どうやら同意書を取得しただけでは医師は安心できないようだ。


患者とその家族の了解を得た上で,ムンテラの様子をビデオ撮りするのが常識になるかもしれない。画像の保存も昔ほどかさばらないし。ただ,病院がムンテラ撮影用のシステムを購入してくれるまでは医師個人が所有するデジカムで撮影することになる。それもいい。子供の運動会と音楽会など,たまにしか出番のなかった自慢のビデオカメラを毎日のように活用できる。

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October 20, 2007

冤罪事故調も作れ


魚拓

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医療関連死:届け出ぬ医師に罰則 厚労省が「事故調査委」試案

 厚生労働省は17日、医療死亡事故の原因究明をする第三者機関「医療事故調査委員会(仮称)」の試案を公表した。年間2000~3000件に上る診療行為に関連した死亡例について、医師に国への届け出を義務付け、怠れば刑事罰や行政処分を科すことで医療の透明性確保や再発防止を図る。一般から意見を募集したうえで、早ければ来年の通常国会に関連法案を提出する方針。

 医療死亡事故については、医師法21条で「異状死」の警察への届け出が義務付けられているが、「異状」の定義があいまいで、遺族が不審に思っても医師が通報せず解剖の機会が失われるケースが少なくない。これがミスの隠ぺいや医療訴訟の多発・長期化を招く一因になっており、厚労省は今年度から専門家会議を設け、民事裁判や刑事捜査によらない死因究明の在り方を検討していた。

 試案によると、医療事故調は公正・中立な立場の医療関係者や法律家らで構成。国土交通省の航空・鉄道事故調査委員会と同様の調査権限を持ち、報告書は個人情報を伏せて公開される。医師側に責任があったとの結論が出た場合、行政処分の対象になる。専門家会議では「真相解明のため、調査に協力した医師の刑事処分を免除すべきだ」との意見もあったが、試案は調査内容の刑事手続き利用を認めた。

 死亡事故の届け出先は事故調を所管する厚労相に一本化し、警察へ通報する事案かどうかは、医療事故調が判断する。遺族から解剖の同意が得られれば調査を開始し、医学的な分析のほか、患者・遺族と医師側のコミュニケーションの妥当性も評価する。また、医療機関からの届け出がなくても遺族の相談に応じて調査を始めたり、調査に被害者団体など遺族側の代表も参加できるようにするなど、患者側の視点が入るよう配慮した。

 第三者機関による死因究明を巡っては、日本内科学会が05年9月から国の補助を受けたモデル事業を全国8地域で実施し、医療機関からの任意の届け出で57件の調査を受理している。【清水健二】

毎日新聞 2007年10月18日 中部朝刊

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>国土交通省の航空・鉄道事故調査委員会と同様の調査権限を持ち、

航空・鉄道事業では乗客を遠くへ運ぶことが仕事であり,通常業務で人は死亡しない。だから乗客が死亡する事故が発生すると大事件となる。しかし医療とは病人・けが人の回復を助けるのが仕事だ。医学には未知のものがまだまだ多く,見つけにくい病気や治せない病気も山ほどある。病状が落ち着いていても急変することなど日常茶飯事。病院では毎日のように人が死ぬ。というか,犯罪や事故以外ではほとんどの人が病院で死ぬ。

>警察へ通報する事案かどうかは、医療事故調が判断する

ある患者が治療中に死亡して,担当医師が医療事故調へ届け出るべきかどうか迷ったときはどうすればいいのだ?

例えば臓器移植後の免疫抑制剤とか悪性血液疾患への化学療法では,薬のさじ加減ひとつが命取りになる。大血管手術での術中死も珍しくない。

医師が確固たる信念で「届け出る必要はない」と判断しても,後に「届け出を怠った」という理由で刑事罰や行政処分を受ける可能性は少なくない。

やはりここは,「医療事故調へ通報する事案かどうか」を判断してくれる第三者機関(プレ事故調)を設立するべきだ。荒涼省(タイプミスで出たのでそのまま使う)も天下り先が増えてうれしいだろう。ただし天下り先でふんぞりかえって給料泥棒するのではなく,責任持って判断してくれなくては困る。病院での死亡例は癌死だろうが,ほとんどDOAの多発外傷だろうが,すべてプレ事故調に届け出るので,迅速かつ詳細に検討してくれ。

そもそも,届け出るかどうかの判断を当事者である医師に任せるのがおかしい。国民も荒涼省も医師を信頼していないようだから,死亡例は全例どこかに届け出るシステムにすればよい。

鑑定料とかは…やはり取り放題か。天下りはどこまでも美味しいように仕組まれるのだろう。


とにかく,今後医師になる予定の方は人の生死にかかわるような診療科は選ぶべきではないことがはっきりした。現在メジャー系にいる医師たちも,危ない疾患から撤退するようになるのは目に見えている。一生懸命仕事しても結果が悪ければ刑事罰など,ヤクザ・泥棒・詐欺師の世界。

警察や司法は無実の人を冤罪で懲役刑にしても何のおとがめもないどころか,誤認逮捕や不当判決の原因追及すら行われないというのに。人の人生を台無しにすることも,人命に次ぐ重要事件だ。誤認逮捕事故調や誤審(誤診ではない)事故調も作れよ。

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October 19, 2007

逃散すれば予行練習も観られる

ある女医さんが某新聞の投書欄に投稿していた。


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医師の激務は分業で解消を

医師 ****
(横浜市西区 44歳)

 私は今月初めの3連休の日曜日,病院で小児科の救急診療を担当しました。診療は切れ目なく,昼食の時間もとれないほどでした。
 連休明け,匿名の母親から私あてに苦情メールが届きました。「2日続けて救急外来に通院したのに,ともに薬は1日分だけだった」「熱は下がったが,せきはひどくなった」。「あげくに「風邪の患者を殺すつもりか」と非難されました。
 救急外来は,生死にかかわる症状の患者さんのためにあり,救急での投薬も1日分しかできません。救急車で運ばれる患者さんは優先して診療しますが,「3日前から熱があって……」とかの方々が大半です。
 器具を使って赤ちゃんののどを調べて泣かせた,との苦情もありました。こんなことは医師を消極的にさせます。そして,産婦人科や小児科,救急医療から医師を遠のかせます。
 また,看護師や事務方にも医師の抱える多くの業務を分担するような法改正に前向きになってほしい。そうでないと医師への過酷な負担や小児科医などの医師不足は解消されません。
 長男の運動会にも行かずに休日出勤しても苦情メールでは,小児科医としての自身のあり方を考えさせられてしまいました。

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休日出勤の代休を平日にもらえるわけではないだろう。ここは日本。米国ドラマ「ER」のように医師が交代勤務で働ける病院はほとんど存在しない。

昼間の日直も宿直と同じで,本来は入院患者の急変に備えるためのもの。外来患者を診るのは医師の善意に他ならない。病院側がそれを強要しているのであれば,労働基準法違反。

医師はボランティアで夜間休日の外来患者を診ているにもかかわらず,この仕打ち。モチベーション維持が難しいどころか,みんなそろそろ限界。閾値に達した医師から逃散していく。


投稿欄には当然ながら医師の実名が明記されている。そして苦情メールを送ったDQNはこの小児科の先生の名前を知っているはず。つまりこの投書を読めば,自分のことだと分かる。小児科の先生はよほど腹に据えかねたらしく,新聞に自分の実名を晒してまでも「そうよ,これはあなたのことよ」と言ってやりたかったに違いない。

しかし,非難が自分に当てはまると自覚できないのがDQN。当人はこの投書を読んで「ふーん。ひどい患者がいるものね」と思っているかも知れない。

とにかく,このようなDQNに意識改革を期待するのは無理。どんなに言葉をつくして説明し,噛み砕いて解説しても無駄だろう。そして看護師や事務が雑用を分担してくれたとしても,DQN相手のストレスは軽減されない。

この小児科の先生もそんな職場を早く離れたほうがいい。父親はともかく,母親まで運動会に来てくれないのでは子供があまりに不憫だ。3日前から熱のある「元気な」他人(しかもDQN)の子を診るよりも,自分の子の走る姿を観るほうがはるかに価値がある。

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October 13, 2007

マイレージが貯まる

先日の報道ステーションの特集

▽麻酔科医が足りない…残業184時間で過労死今日は宮崎あすは明石全国を飛び回る医師も▽

てっきり,どこかのひとり医長もしくは2,3人の麻酔科医で手術麻酔に明け暮れる地方病院に密着するのかと思っていたら,大阪の救命救急センターだった。

麻酔科と言うよりもERの色合いが濃かったように思う。ま,それはそれで構わないが。


病院が救急隊や他院からの搬送要請を電話で断ることをマスコミでは(患者は一カ所にとどまっているにもかかわらず)“たらい回し”と呼称することはすっかり有名になったが,古館はやはり冒頭で「たらい回しの問題が…」と発言していた。

ところが,映像でも救命救急センターの麻酔科医が電話で「今から脳外科のオペに入りますので,できれば他をあたってください」と言うシーンが流れたが,その件はスタジオでも一切スルーだった。

私はその麻酔科医を責めるつもりは毛頭ない。手がいっぱいなら断って当然だ。夜勤ではなく当直なら,すべての搬送依頼を断っても(以下略)


おそらく密着取材していたスタッフたちも医師たちの働きぶりを目の当たりにし,救急隊からの搬送依頼を断るのはあの場合仕方ないと思ったことだろう。

現場の激務を直に見ていたら「やむを得ない」と思い,見ていないところで受け入れを断ったなら「たらい回し」「それでも医者か」「恥を知れ」

先日の奈良高槻○良妊婦搬送(胎児は数日前に胎内で既に死亡していたらしい)事件のとき,奈良県立医大に過労医師密着取材のマスコミスタッフがいたとしたらどう扱っていたか。

マスコミは,救急搬送の受け入れ不可を病院側の事情によらずすべて“悪”とみなすなら,三島救急救命センターの麻酔科医が受け入れを断った場面を「たらい回し発生の瞬間をスクープ」とするべきではないのか。


番組ではフリーランス麻酔科医の働きぶりも紹介していた。

自宅は兵庫県だそうだが,月に何回(毎週?)か宮崎県の病院で麻酔をしているという。

遠方でも人間関係上断れなかったとか,飛行機に乗るのが好きとか,宮崎の病院も兵庫の自宅も飛行場の近くだとか,特別な事情があるのかもしれない。

麻酔科医から見ると,「飛行機まで利用して遠くへ行かなければ仕事がない」→「自宅からクルマや電車で通える範囲の病院では麻酔科医は不足していない」

病院側から見ると,「近隣で麻酔科医が見つからず,飛行機の運賃を支払ってでも遠方の麻酔科医に頼らざるを得ない」


麻酔科医が余ってくると,私も毎週飛行機で通勤する日が来るかもしれない。もちろん交通費は自腹で。

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October 03, 2007

医師の良心と保身


僻地の産科医さんのところで取り上げられていた,麻酔科の先生が書かれた文章。

少しでも多くの方の目に触れることを願い,ここに掲載させていただく。

僻地の産科医さん,またしても引用をお許し下さい。


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良心と保身の狭間で

           深谷赤十字病院 副院長 大谷 英祥

         (埼玉県医師会誌 2007年9月号 vol.690 p29)

 私が麻酔科部長として深谷赤十字病院に赴任したのは1983年6月でした。早いもので、もう25年目になります。赴任した当時は常勤の麻酔科医は2名だけでした。モニター機器もろくなものが無く、麻酔器には呼吸器すら付いていなかった時代です。その様な中で、たった2名で5部屋の手術室を切り盛りしていました。掛け持ち麻酔は当然で、ほとんど自転車操業と言っても良い状況でした。良く事故を起こさなかったものだと思います。
 そのころの全身麻酔と言えば、ほとんどがGOF(笑気・酸素・フローセン:現在の正式な用語とは異なる)またはNLA(GOドロペリドール・フェンタニル)でした。術後鎮痛法も良いものが無く、鎮痛薬の筋注が主治医から指示されているだけだったと思います。小児の鼠径ヘルニアだけは仙骨ブロックを併用していました。
 その後揮発性麻酔薬はエトレン、イソフルレン、セボフルレンと主流が変わってきました。静脈麻酔薬も今ではプロポフォールが主流です。今でも生き残っている笑気も覚醒の早い麻酔薬ですが、セボフルレンもプロポフォールも覚醒の早い麻酔薬です。
最近の麻酔の主流は、覚醒の早い麻酔薬を用い、鎮痛には別の方法を用いて、術後早期にスッキリとした目覚めでありながら、痛みは無いという状態を目標としています。あくまで目標ですから、いつも上手く行くとは限りませんが、最近超短時間作用型のレミフェンタニルという麻薬性鎮痛薬が発売され、目標の達成が以前より容易になりました。
麻酔薬と同様、モニター機器も大きく進歩しました。さすがに心電計はありましたが、赴任当初は自分で5分ごとに血圧を測っていました。長い手術になると耳が痛くなったものでした。動脈圧を直接測定するトランスジューサーは使い捨てではなく、たった一つしかありませんでした。衝撃にも弱く、泡を除去するために叩いたりしたら、すぐに壊れます。今の若い人に扱わせたら、たちどころに壊すでしょう。当然、今のようにすぐにAラインを取ることなど考えもつきませんでした。
自動血圧計が入ったときは感動したものです。もうこれで耳の痛い思いをすることはないと思ったら、嬉しくて嬉しくてたまりませんでした。その後はパルスオキシメータや呼気炭酸ガス濃度計が使えるようになり、それまでの勘に頼った麻酔が、いかにデタラメであったか思い知るようになりました。
医療機器や医療技術の進歩により、麻酔科領域だけではなく、医療全体の安全性が格段に改善されたことは喜ばしいことなのですが、昨今は良いことばかりではありません。安全性が高まったおかげで、医療の不確実性への無理解が高じてきたのは困ったことです。生きて病院にたどり着けば、人間は死なないものだと思っているとしか考えられないような対応がしばしば報道されます。医療そのものにも限界がありますし、医療圏によって、各医療施設によって、またそれぞれの医師によっても能力は異なります。患者の権利を尊重することは良いことですが、だからといって、医学的に無理なこと、社会的環境から無理なことを求めるのは間違いです。

 
 単に肥大した権利意識を振りかざす患者が増えたとか、マスコミが医療をたたいているだけならまだ耐えられますが、昨今は、こんなもので高額な賠償責任を負わされるのかという判決がまかり通るようになっています。元々死も考えられるような病態の患者が助からなかった場合、多少医療側にミスがあったとしても、死の原因は元々の病態です。何の問題もない健康な人を死に追いやる交通事故とは違います。それなのに、医療側から見たらミスがあったとは思えないような事例でも訴訟が起こされ、敗訴することもたびたびです。このような事態が医療を崩壊に導いています。民事だけならまだしも、刑事訴追される事例もあり、これでは医療を続けられないという声が日増しに大きくなっています。

 麻酔科医の人員不足は全国的な問題で、当院も増員されたとはいえ、現在でも常勤の麻酔科医は4名にすぎません。4名で8部屋の手術を切り盛りしているわけですから、発足当初とあまり変わりません。安全性を考えれば掛け持ち麻酔はしない方が良いに決まっていますが、厳密にすれば手術可能な患者数が激減します。只でさえ多くの癌患者を待たしているのに、これ以上待たせることも人権問題と思われます。結局は安全性と効率を秤にかけての妥協点を探っての作業となります。
 

 具体的には、患者の年齢、全身状態、手術侵襲などを考慮し、どの組み合わせで、どのような時間経過であれば掛け持ちをしても危険がないかを考えて手術予定を組みます。前もってリスクの高い患者の情報を把握出来ていれば問題ないのですが、実際にはなかなかそうも行かず、ハイリスク症例の掛け持ちを余儀なくされ、冷や冷やさせられることもないわけではありません。けれども、最近はオーダリング制になったので、週間予定表が出次第、患者の大まかな情報を得ることが出来るようになり、以前よりは効率よく、より安全な手術予定を組むことが可能となりました。
 しかしながら、いくら安全に気を配っているとはいえ、掛け持ち麻酔そのものを問題視する向きもあり、万が一、医療事故が起きたときにどうなるのかという不安はあります。昨今の情勢であれば、結果が悪かった場合、たとえ麻酔そのものに問題が無くても、掛け持ち麻酔をしていたからと言う理由で責任を問われることがあるかも知れないと思っています。だからといって、急性硬膜外血腫や緊急帝王切開を断れば、命が失われる確率は高いでしょう。手術が手一杯だったとして断っても責任を問われないのだとしても、萎縮診療のために救える命が救えなかったら、医師としてはつらいでしょう。

 私は赴任当時から出来るだけ断らない麻酔科医でいようと思っていました。全身状態などから、危険があれば麻酔を断るのも麻酔科医の仕事です。でも、危険を知った上で手術を希望するのであれば、患者の選択に応えるのも麻酔科医としての務めだと思います。幸いなことに、今までその様にして引き受けた症例で、実際に大きな問題が起きたことはありません。出来れば方針を変えることなく、このまま定年まで行きたいのですが、最近は部下に任せることも多くなったので、自分だけで決めるわけには行きません。昨今のヒステリックなメディアの報道の仕方や、信じられない理由での民事敗訴、刑事訴訟などを見ていると、危険な症例は断らざるを得ないのかも知れません。


 以前は自分自身が信じる道を歩んだ結果、民事で訴えられるようなことになろうとも仕方がないと思っていました。現に救える命を見殺しにするくらいなら、万一のことが起こったら責任を問われても良いから自分の正しいと思う医療をしようと思っていました。今でもそうしたいという思いはあります。でも、以前のように純粋にそうは思えなくなりました。そのきっかけは奈良の「心タンポナーデ事件」です。
 「心タンポナーデ事件」とは以下のような事例です。2名乗車のシートベルトもしていない自動車がブレーキもかけずに塀に激突しました。助手席の乗員は入院直後から重体で、他施設に搬送されましたが亡くなりました。運転者は頭部に受傷していて意識障害もあったが、容態は安定していました。頭部のCTでもその他の単純写真でも異常はありませんでした。そのため経過観察としたのですが、その後しばらくして容態が急変し、亡くなりました。
 民事訴訟が起こされ、一審では原告敗訴となりましたが、高裁では原告が勝訴し、高額の賠償金が認められました。地裁と高裁では死因の認定が変わりました。地裁では腹腔内出血を採ったのに対し、高裁では心タンポナーデを採りました。その根拠はCPKが197mU/ml と高値であったというものです。解剖が行われていないので何とも言えないのですが、外傷でCPKが高値になるのは常識じゃないのでしょうか。私は判決の根拠になった鑑定には大きな疑問を感じています。結局心タンポナーデなのに心エコーをしなかったことがいけないという判断で、医療側敗訴となりました。この判決はこのまま最高裁に行くこともなく確定しました。
 この判決の結果に愕然としたことは事実ですが、医師としての心が折れそうな原因となったのは判決理由です。以下に抜粋して引用します。

我が国では年間約2千万人の救急患者が全国の病院を受診するのに対し、日本救急医学会によって認定された救急認定医は2千人程度(平成5年当時)にすぎず、救急認定医が全ての救急患者を診療することは現実には不可能であること、救急専門医(救急認定医と救急指導医)は、首都圏や阪神圏の大都市部、それも救命救急センターを中心とする3次救急医療施設に偏在しているのが実情であること、したがって,大都市圏以外の地方の救急医療は,救急専門医ではない外科や脳外科などの各診療科医師の手によって支えられているのが、我が国の救急医療の現実であること、本件病院が2次救急医療機関として,救急専門医ではない各診療科医師による救急医療体制をとっていたのは、全国的に共通の事情によるものであること、一般的に,脳神経外科医は、研修医の時を除けば、心嚢穿刺に熟達できる機会はほとんどなく、胸腹部の超音波検査を日常的にすることもないこと、被控訴人Eは、胸腹部の超音波検査が必要と判断した時には、放射線科あるいは内科に検査を依頼しており、自ら超音波検査の結果を読影することはなかったこと、当日、被控訴人Eとともに当直に当たっていた小児科の医師も、日常的に超音波検査をすることはなく、単独で超音波検査をすることは困難であったことが認められる。
 そうだとすると、被控訴人Eとしては、自らの知識と経験に基づき、Eにつき最善の措置を講じたということができるのであって,注意義務を脳神経外科医に一般に求められる医療水準であると考えると、被控訴人Eに過失や注意義務違反を認めることはできないことになる。G鑑定やH鑑定も、被控訴人Eの医療内容につき、2次救急医療機関として期待される当時の医療水準を満たしていた、あるいは脳神経外科の専門医にこれ以上望んでも無理であったとする。

 これが救急医療の実情です。むしろこの脳外科医はかなり優秀で、多くの病院で当直業務をしている医師の平均はこれよりずっと劣るでしょう。分かっているじゃないかと思っていると、こう続きます。
  
しかしながら、救急医療機関は、「救急医療について相当の知識及び経験を有する医師が常時診療に従事していること」などが要件とされ、その要件を満たす医療機関を救急病院等として、都道府県知事が認定することになっており(救急病院等を定める省令1条1項)、また、その医師は、「救急蘇生法、呼吸循環管理、意識障害の鑑別、救急手術要否の判断、緊急検査データの評価、救急医療品の使用等についての相当の知識及び経験を有すること」が求められている(昭和62年1月14日厚生省通知)のであるから、担当医の具体的な専門科目によって注意義務の内容、程度が異なると解するのは相当ではなく、本件においては2次救急医療機関の医師として、救急医療に求められる医療水準の注意義務を負うと解すべきである。
    そうすると、2次救急医療機関における医師としては、本件においては、上記のとおり、Fに対し胸部超音波検査を実施し,心嚢内出血との診断をした上で,必要な措置を講じるべきであったということができ(自ら必要な検査や措置を講じることができない場合には、直ちにそれが可能な医師に連絡を取って援助を求める、あるいは3次救急病院に転送することが必要であった。)、被控訴人Eの過失や注意義務違反を認めることができる。

 救急医療について相当の知識および経験を有する医師をどう定義するのかが問題となりますが、この判決の定義を採用すれば、日本で救急医療は不可能です。そして、判決自身でそれを認めています。裁判官自身が不可能だと判断していることを行わなかったから高額な賠償金を払う義務があるというのでは、救急医療は成り立ちません。この事例は二次救急病院でのことです。三次救急施設だったら、どれだけのことを要求されるのでしょうか。深谷赤十字病院は三次救急施設です。当院にとっても医療崩壊は他人事ではありません。

 それでもまだ、いろいろと辛いことはあっても民事なら実害は少ないと言えます。でも、昨今は刑事訴追も念頭に置かなければなりません。有名なところでは「割り箸事件」や「癒着胎盤事件」があります。「割り箸事件」は一応無罪判決が出ましたが、過失がないことが認められたのではなく、過失はあったが、助けられる見込みがないからと言う理由で無罪とされたのです。でも、助けられる見込みがあったら有罪だったのかと思うと、医療から去っていく医師の気持ちも分かります。「癒着胎盤事件」は第五回公判まで来ましたが、まだ係争中です。
 医療にとっては厳しい状況が続きますが、それでも他に能のない私は医師を続けなければなりません。萎縮診療も一つの考え方ですが、それでは医師として誇りを持って仕事が出来ません。誇りと保身のバランスをとりながら、今後も仕事を続けようと思っています。
 最後に、当院の麻酔科が行っている他とは違った取り組みについて述べてみます。手術後のガーゼの遺残は依然として時々報道されます。ガーゼや手術器械の遺残を防ぐためには、数を確認しただけではダメです。人間は必ずいつかミスをするからです。
遺残を防ぐためには、遺残していないことをレントゲン写真で確認するほかありません。けれども、レントゲン写真を撮るために放射線技師をいちいち呼んでいたら時間がかかって仕方がありません。そこで、当院では麻酔科医がさっさとCRで撮ってしまいます。術者からは感謝されますが、本当は術者が撮っても良いのです。でも、術者が撮らない以上、私のようなせっかちな麻酔科医は自分で撮ってしまうのです。
なんだか途中から愚痴ばっかりになってしまいましたが、日本の医療に未来があることを祈って筆を置きます。

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私の言いたいことを冷静に代弁してくれている。ブログの欠点はつい感情的な文章になり,反対意見(あるいは中立)の人から共感を得られないばかりか,第一印象で拒絶されてしまうことだ。その点,この先生の書かれた文章は落ち着いていて説得力がある。埼玉県医師会誌だけにとどめておくのは誠に惜しい。


>昨今のヒステリックなメディアの報道の仕方や、信じられない理由での民事敗訴、刑事訴訟などを見ていると、危険な症例は断らざるを得ないのかも知れません。

まったくもってその通り。
私のようなヘタレが高リスク症例はもちろん,帝王切開やCVカテーテル挿入も断るのは当然として,今後は優秀で善良で使命感の強い先生方も萎縮医療に走らざるを得ないだろう。


>裁判官自身が不可能だと判断していることを行わなかったから高額な賠償金を払う義務があるというのでは、救急医療は成り立ちません。この事例は二次救急病院でのことです。三次救急施設だったら、どれだけのことを要求されるのでしょうか。

私は,二次や三次の救急施設で(しかも夜勤ではなく宿直医として)救急医療に貢献されている先生方に対し,以前は純粋に畏敬の念を抱いていた。今は…。怒られそうなのであまり言いたくはないが,そう,いわば戦場カメラマンと同じようなイメージ。「社会には必要なのだけれど,自分の身をそんなに危険に晒さなくても」と思ってしまう。


>医療にとっては厳しい状況が続きますが、それでも他に能のない私は医師を続けなければなりません。萎縮診療も一つの考え方ですが、それでは医師として誇りを持って仕事が出来ません。誇りと保身のバランスをとりながら、今後も仕事を続けようと思っています。

“保身>>>誇り”の私には耳の痛い言葉。頭の下がる思いだ。この先生の武運長久を願わずにはいられない。どうか無理なさらずに。

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October 01, 2007

病院の倒産は蜜の味?

魚拓

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「倒産続出」病院ビジネスに明日はない
2007年9月25日(火)06:00

「病院業界は血の海、焼け野原と化す」。厚労省出身の専門家が、ただならぬ未来を警告。

医師の不足や偏在が原因で産婦人科、小児科などの診療科が閉鎖され、医療崩壊の危機が叫ばれている。これに追い討ちをかけるように病院の倒産が急増している。

信用調査会社の帝国データバンクによれば、今年に入って医療機関の倒産件数は33件(7月末現在)に及び、2001年以降で最多だった04年1年間の32件をすでに上回っている。このうち、病床数20以上の病院倒産が12件で、やはり最多の05年8件を大きく上回る。ちなみに他の医療機関別では、診療所の12件、歯科医院が9件。「明日は我が身かも」と、不安を募らせる病院関係者は少なくない。

01年から07年5月までの倒産190件の原因を帝国データが分析した結果では、「販売不振」が55件と最も多く、次いで「放漫経営」39件、「設備投資の失敗」22件と続く。販売不振は、ずばり診療報酬の減少を指す。02年から3回続いた診療報酬マイナス改定、とりわけ昨年の3.16%減が病院経営を直撃した。一方で、不足する医師の確保が人件費増につながり、医師不足が患者減少を招く、「売り上げ」減少の悪循環を引き起こしている。

看護基準の保険点数見直しも深刻な影響を与えている。看護師の労働環境改善を図る目的で、急性期一般病棟の患者7人に対し看護師1人という「7対1 看護」を実施し、夜勤時間を月平均72時間以下に軽減する病院に、手厚い入院基本料を算定する新基準の導入である。その結果、大病院のなりふり構わぬ看護師集めを、慢性的な看護師不足に悩む中小の病院は、指をくわえて見ているのが現状なのだ。

患者を奪い合う公立病院

倒産件数の増加は民間病院が冬の時代を迎えた証拠だが、地方自治体が経営する自治体病院(公立病院)も存亡の危機にある。全国982の公立病院の約 3分の2に当たる626病院が赤字経営に苦しんでいる。大阪府の南部にある公立忠岡病院は今年3月、56年の歴史に終止符を打ち、閉院となった。医師不足による外来・入院患者数の激減、診療報酬改定による減収が直接の原因だった。

その背景には04年度からスタートした新人医師の臨床研修制度がある。大学病院を希望する研修医が減ったため、全国の大学で派遣医師の引き揚げが始まった。大学病院からの医師派遣に依存していた公立忠岡病院の場合、前年度に9人いた常勤医が5人、3人と減り続け、昨年度は院長を含め2人だけになってしまった。医業収入も02年度の12億5800万円から、05年には6億4100万円と半減した。赤字も毎年膨らみ、悪化する忠岡町の財政事情では一般会計から補填できなかった。

閉院に至らないまでも、公立病院同士の統合はすでに始まっている。山形県酒田市内にある県立日本海病院と市立酒田病院は患者を奪い合い、慢性的な赤字経営に陥っていた。生き残り策として来年春、統合して独立行政法人に移行する。高知市でも一昨年、県立と市立の自治体病院が統合して高知医療センターが誕生したが、オリックスを代表とする企業グループが、設計・施工から設備管理・運営まで、診療業務を除く大半の業務を請け負うPFI方式として注目された。公共事業に民間資金とノウハウを活用した自治体病院再生のニューモデルでもある。

厚生労働省の「医療施設調査」によれば1990年に1万96もあった病院が07年には8883(5月末現在)に減った。それでも世界最多の病院数だが、最大の減少要因は倒産とされる。帝国データの分析では、かつては放漫経営がトップを占めていたが、前述したように近年は販売不振――診療報酬の減少に変わってきている。きちんと経営をしているにもかかわらず、収益が悪化し、倒産に追い込まれたケースだ。

恐怖の「改定デフレ・スパイラル」

診療報酬のマイナス改定が倒産を引き起こす構図を、病院経営戦略を専門とする工藤高(たかし)メディカル・マネジメント・オフィス代表は、改定デフレ・スパイラルと呼んでいる。「診療報酬が下がる」と「医業収入が減る」。当然「利益が少なくなる」ので「赤字幅が大きくなる」。その結果、「職員の給料を減らす」、「職員が辞める」、そして「病院倒産」に行き着く。この改定デフレ・スパイラルにより、公立、私立を問わず病院の閉院や診療所化、病院間の M&A(合併・買収)、自主廃業などの動きが加速するというのが、大方の医療制度スペシャリストの見方である。

2年に1度の診療報酬改定を来年に控え、この秋から本格的な論議がスタートする。厚労省の基本的な考え方は、医療費適正化を最重要課題の一つに据え、平均入院日数を短縮するために、一般病床数を減らして療養病床への移行を進めることだ。その布石として、いわば改定デフレ・スパイラル戦略が必要になる。旧態依然たる中小病院の退場はその延長線上にある。これは総務省の管轄になるが、自治体病院の広域統廃合、民活による独立法人化も、多すぎる病院の淘汰という射程内にある。

国立病院の統廃合にはいち早く手がつけられ、独法化や民間への払い下げなどが進んだ。国立大学病院はどうだろう。地方の国立大学の中には、臨床研修医が集まらないため、派遣業務だけでなく大学病院本体の日常診療に支障を来し始めている医局が少なくない。早晩、つぶれる医局も出るだろう。

都会の大病院も安閑としてはいられない。東京都内の社会保険中央総合病院やNTT東日本関東病院といった名門病院で、診療科によっては病床稼働率の低下現象が見られるようになった。患者が東大病院や東京医科歯科大病院などに吸引されているのだ。04年の国立大学法人化に伴い、殿様商売だった国立大学病院が「営業」に力を注ぎ始めた表れでもある。いずれ、中小病院にとどまらず、名門病院の倒産も現実味を帯びてくるかもしれない。

外科医出身で厚労省技官のキャリアを持つ長谷川敏彦・日本医大教授(医療管理学)は、講演の場で「今後3~5年間は病院業界は血の海、焼け野原」と物騒な発言をし、聴衆を驚かせた。具体的な中身を紹介する。長期ケア(慢性期)の病院が1千~2千、急性期病院が数百はつぶれ、その第1グループが自治体病院(院長に権限がなく、ビジネスセンスもない)、第2グループは地方の国立大学病院(いずれ身売りが起きる)、第3グループが私立の中小病院(7対1看護と医師不足にどれだけ耐えられるか)。

おぞましい時代が目前に迫っている。しかし、病院を弱肉強食の世界に委ねるべきではない。行政は病院倒産を政策誘導するのではなく、地域に必要な良質の病院を維持するためにも、全国の病院実態調査を早急に実施して結果を公開し、国民各層の判断を仰ぐ必要がある。

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保険診療では厚労省が医療の値段を決めている。どんなに優れた医療を提供しても値段を勝手に上げることはできない。そして,今や自治体病院の4分の3が赤字といわれている。

このことを知ってか知らずか,医師を叩きたがる人(ネット上とは限らない)がよく言うのは
「医者は医師優遇税制で保護されている」
「医療費が高いのは医者が儲けすぎているせい」

だから,こういう人たちが病院倒産や赤字の話題を耳にしたときの反応は
「ざまをみろ」「いい気味だ」だろう。

そこまでひどくはなくても
「病院のひとつやふたつつぶれたって,どうってことはない。病院は他にいくらでもある」ぐらいは口にするかもしれない。

しかし,同じセリフは勤務医が言うことだってできる。
「病院のひとつやふたつつぶれたって,どうってことはない。(医師不足なので,就職先としての)病院は他にいくらでもある」

開業医としてはどうか。近所の病院が倒産すれば重症例の紹介先に困るかも知れないが,クリニックの集客力はアップするだろう。


どちらにしても,病院経営者以外の医師は病院がなくなってもそれほど困らない。


パチンコ屋がつぶれても深刻に困る利用者はそれほどいないだろうが,病院はどうか。


病院の倒産を喜んでいる連中は,一番困るのは誰かよく考えたほうがよい。考えたところで,もうどうしようもないけど。


医師をバッシングしてきた連中ですら,「これ以上病院がつぶれたら困る」と思う時代はそう遠くないだろう。

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