« July 2007 | Main | September 2007 »

August 31, 2007

私は大淀病院産科医師を支持します

奈良で救急車内流産があった8月29日には大阪地方裁判所で大淀病院事件の第二回口頭弁論があった。

僻地の産科医さんのレポートによると,原告側は
「子どもなんか助けんでも、お母さんを助けてほしかった」
「脳出血もクモ膜下出血や硬膜外血腫とリスクは同程度で,脳外科に送れば助かる」
と思っているらしい。

何にたとえればわかりやすいだろう。

ゆで卵にしよう。

卵の殻が頭蓋骨,白身の外側の薄皮が硬膜&くも膜,白身&黄身が脳実質(黄身が脳幹部?)とする。ただし白身は卵形ではなく,クルミの実のように立体的に入り組んでいる。

硬膜外血腫とは薄皮と殻の間に血の塊ができた状態。卵の殻を少し開けて血腫を除去してやれば,白身や黄身は無傷だ。もちろん,血腫が大きくて白身を圧迫することはある。脳は圧迫に弱い。

クモ膜下出血は白身と薄皮の間に出血する。ゆで卵ではこの薄皮をはがすのに苦労することがあるが,実際の脳では白身(脳)と薄皮(くも膜)の間は脳脊髄液という液体で満たされている。クモ膜下出血の多くは脳動脈瘤の破裂によるものであり,治療としては再出血を防ぐために開頭クリッピング術やコイル塞栓術が行われる。ゆで卵にたとえれば薄皮と白身の間の問題であり,慎重にやれば白身は傷つかないが,動脈瘤はクルミの溝の奥に存在し,手術(開頭術)でそこに到達し視野を得るためには分け入らねばならず,ある程度白身を圧排しなくてはならない。
素人的に見れば,クモ膜下出血では白身が直接損傷することはない。しかし実際には血管れん縮や再出血などにより予後は悪い。後遺症無く社会復帰できる症例もあるが,最初の出血で1/3が死亡すると言われている。

さて,脳出血だが。誤解の無いように脳内出血と呼ぶことにする。白身や黄身の内部での出血だ。大淀病院の件では国立循環器病センターで右脳混合型基底核出血と診断された。

大脳基底核とは,ゆで卵で言えば黄身に近いところの白身といったところか。

脳内出血についてはここがわかりやすい。

-----------------------------------------------引用開始-------------
高血圧性脳出血は、高血圧が問題となる40ー60才代に多く発生する出血性の脳卒中の代表的疾患です。大脳深部の被殻、視床という部位に好発しますが、これはこの部に血液をおくる細い穿通動脈に発生した粟粒動脈瘤が破綻するためといわれています。
 高血圧性脳出血の約65%が大脳基底核部に見られますが、運動神経の線維が密集して走る内包という部を境に、それより内側の出血を内側型(視床出血)、外側の出血を外側型(被殻出血)、両方にわたるものを混合型と呼びます。
-----------------------------------------------引用終了-------------

黄身のすぐ外側にある出血を,白身を傷つけずに除去できるかどうか,小学生でも想像できるはずだ。それとも,「CTをとれば止血できて血腫も消去できる」とでも思っているのだろうか。

| | Comments (2) | TrackBack (3)

August 29, 2007

枕詞「たらい回し」を削除


魚拓

-----------------------------------------------引用開始-------------
病院たらい回し:妊婦衝突事故後に流産 救急搬送中 大阪
 29日午前5時10分ごろ、大阪府高槻市富田丘町の国道171号交差点で、妊娠3カ月の女性(36)を搬送中の救急車と、茨木市の自営業の男性(51)の軽乗用車が出合い頭に接触した。けが人はなかったが、女性は搬送先の病院で胎児の死亡が確認された。また、女性は119番通報から約1時間半も受け入れ先の病院が決まらなかったことも判明。府警高槻署は、事故と流産の関連を捜査する。妊婦の搬送では、昨年8月に奈良県大淀町の病院を巡る問題をきっかけに、周産期医療の救急体制の不備が浮き彫りになった。

 調べによると、女性は同日午前2時44分ごろ、「下腹部が痛い」と同居の男性を介して119番通報した。女性が妊娠していたため、奈良県の橿原消防署(中和広域消防組合)の救急隊員は同県立医科大に受け入れを要請したが、「手術中のため不可能」と回答された。このため、同消防署は大阪府内の産婦人科など要請したがいずれも「処置中」などを理由に断られ、延べ12件目の高槻市内の病院に決まったのは同4時19分だった。

 同消防署によると、女性は搬送中の午前5時ごろ、救急車内で破水を起し、その約10分後に事故に巻き込まれた。病院に搬送されたのは同5時47分だった。

 同消防組合は「事故による容態の変化は見られなかった。流産との関連は警察の捜査に委ねたい」と話している。

 昨年8月、大淀町立大淀病院で、分娩中に意識不明になった妊婦が転送を同県と大阪府内の19病院に断られた末、約60キロ離れた国立循環器病センター(大阪府吹田市)に運ばれ、約1週間後に死亡した。これを受け、国は今年度中に、総合周産期母子医療センターを整備することとしていたが、奈良県など4県で困難な状況に陥っている。

 奈良県では、緊急に高度な治療を要する妊婦を県外の病院に転送する比率が、04年で約37%に上り、全国最悪のレベルだった。母体・胎児の集中治療管理室(MFICU)を備えている病院も、県立医科大学付属病院(橿原市)と県立奈良病院(奈良市)の2カ所だけだった。

 この問題を受け、奈良は未整備だった「総合周産期母子医療センター」を来年5月に設置し、母体や新生児の救急搬送に対応する予定だった。

毎日新聞 2007年8月29日 11時48分

-----------------------------------------------引用終了-------------

この魚拓をとった方に敬意を表したい。

なぜなら,その後,記事のタイトルから「病院たらい回し」が消えている。
修正後の魚拓

もう既に多くの方が各ブログで取り上げておられるので重ね塗りになるが,数も大事だろう。
毎日新聞が「たらい回し」を削除したのも,ネット上の声を意識しているからに他ならない。
しかし,毎日新聞は「たらい回し」という用語が好きだな。「救急搬送」の枕詞だと思いこんでいるのかもしれない。

さて,流産した女性が妊娠に気づいていたかどうかは別として,彼女にはお気の毒としか言いようがない。

やはり問題は毎日新聞。
大淀病院の件であれだけ産科医を叩いたのだ。今回は誰を血祭りに上げるつもりだ。
受け入れを断った病院? あちこちの病院に電話した消防署員? 救急車の運転手? 相手事故車の運転手?

>妊婦の搬送では、昨年8月に奈良県大淀町の病院を巡る問題をきっかけに、周産期医療の救急体制の不備が浮き彫りになった。

どの口でこれを言えるのか。システムの不備を医師個人の責任になすりつけ,奈良の産科医療を崩壊させたのはお前らだろうが。

記事に署名がないのも笑える。よほど記事内容に自信がないらしい。

| | Comments (46) | TrackBack (2)

August 25, 2007

アクセス制限

魚拓

-----------------------------------------------引用開始-------------
「高度急性期病院」新設 外来受け付けず、重症治療専念


 厚生労働省は21日、救急医療などを行う病院を再編し、脳や心臓手術などの高度な医療技術が必要な患者を専門的に治療するための「高度急性期病院」(仮称)を新設する方針を固めた。外来患者は原則として受け付けず、医師や最新医療機器を集中させ、重症患者のたらい回しを避ける狙いもある。人口30万人に1カ所程度設置する考えで、各都道府県にある国公立病院からの移行を念頭に置いている。今秋、中央社会保険医療協議会(中医協)に提示、平成20年度診療報酬改定で報酬点数の加算を目指す。


専門医集中、たらい回し避ける

 厚労省が急性期病院の集約・再編に乗り出すことにしたのは、勤務医不足の深刻化で、医師が各病院に分散すると、高度な医療を担える態勢づくりが困難になるとの懸念があるためだ。

 現在、患者が大病院に集中する傾向が続いており、外来患者の診察をしながら高度な手術などを行うには、十分な医師数を確保せざるを得ないのが実態だ。高度医療には専門的な医療知識のある医師のほか、最新の医療機器の充実も必要で、病院の集約・再編が不可避と判断した。

 再編は、受け入れ患者の病状の重さに応じて高度急性期病院と「一般急性期病院」(仮称)に区分する。高度急性期病院は、他の医療機関などからの紹介を基本とし、各診療科の専門医など十分な人員配置を図り、総合的かつ専門的な診察ができる態勢をとる。

 具体的には、最新鋭の医療機器を集中的に導入し、難易度の高い手術にも対応できる環境を整える。ひとまず、各都道府県の国公立病院からの移行を念頭に、それぞれ数カ所から十数カ所を設置したい考えだ。

 これに対し、一般急性期病院は、従来のように救急搬送の患者や外来患者を受け入れる。比較的簡単な手術を実施するほか、各地域の医療拠点としての役割を担当。高度急性期病院を退院後に引き続き、入院治療を必要とする患者の受け皿としての機能も担う。

 例えば、自宅近くの一般急性期病院に入院した患者が難しい手術が必要と診断された場合、高度急性期病院に転院。病状が良くなれば、再び自宅近くの一般急性期病院に戻って、術後の治療を受ける-といった流れとなる。交通事故などで大きなけがをした場合は、救急車で直接、高度急性期病院に運び込まれるケースも想定している。

 厚労省は、20年度の診療報酬の改定に合わせて導入を目指しており、高度急性期病院の入院基本料の設定など具体案づくりを急いでいる。

急性期病院 病気を発症したり、けがをした直後の患者を治療するための病院。救急車で搬送される救急病院をはじめ、病気やけがで手術などの治療を受ける病院は一般的にこれにあたる。病状が安定した患者を対象に、慢性期医療を行う病院と区別するために使われることが多い。

(2007/08/22 08:08)
-----------------------------------------------引用終了-------------

「高度急性期病院」という新しい箱ものを作って,また土建屋を潤すのかと思ったが,
>各都道府県にある国公立病院からの移行を念頭に置いている
となっている。本気でアクセス制限を考え始めたのか。

田舎の病院では,心臓血管外科の看板を掲げていながら開心術が月に2~3例というところもある。そこらへんの国公立病院が散発的に行っていた脳外科や心臓外科の手術を高度急性期病院に集約させるという発想は悪くない。しかし高度急性期病院になれなかった病院はフリーアクセスのままとなる。高度急性期病院がフリーアクセスから逃れられる分,他の病院の負担は増すだろう。

病院へのアクセスを制限するとその病院の収益は当然減る。しかし病院の赤字が増えても構わないなら,一般病院でも簡単にできるアクセス制限の方策がある。

外来の待合いに薄型テレビを置く病院が増えてきた。CRTは置けなかったような廊下の壁にも設置できるようになった。NHKなどのTV番組だけでなく,「現在11時台の予約の方を診察しています」と診察の進行状況を表示したり,その病院のオリジナルの健康情報を流したりしている病院もある。

この薄型テレビを利用しない手はない。
診察を待っている患者はついついディスプレイを見てしまう。この画面を使ってネガティブキャンペーンを張るというのはどうだろう。。「医療はまだまだ発展途上の学問・技術であり,過度に期待できない」ということを広く啓蒙すれば,ある程度のアクセスが減るかもしれない。

例えば以下のようなテロップを次々流すのである

「医師が努力しても救えない病気は山ほどあります。医師は神様ではありません」
「頭痛や腹痛があるからといって,すべての人にCTやMRIを撮ることはできません」
「検査せずに病名をあてること(診断)はできません」
「検査しても診断できない場合があります」
「非常に珍しい病気に罹った場合は,診断にたどり着くまでに相当な時間がかかります」
「医療の結果は保障できません」
「病気を治すのはあなた自信です。医師はちょっとお手伝いするだけです」
「どんなに努力しても誤診はゼロにはなりません」
「風邪とまぎらわしい病気はたくさんあります。なかにはすぐに死亡する病気もあります」
「自分で食事の取れる患者さんに看護師がつきっきりでいることはありません。したがって誤嚥は防げません」
「普通に歩ける患者さんの転倒も防ぎようがありません」
「外科医が当直で忙しく夜間一睡もできなかった場合も,翌朝から手術を執刀することがたびたびあります。そのときは当然注意力・集中力は低下します。ときとしてフラフラ状態のことがあります」
「合併症は医療ミスではありません」
「たった3時間待っただけで専門医が直接3分間も診てくれるような,すばらしい病院は日本にしかありません」
「原則として医師は自分が専門とする病気しか診ません。他の部位の病気は各自で検診を受けて下さい」
「各診療科の外来受診は全身の癌の検索をするところではありません」
「セカンドオピニオンを受けることは推奨しますが,こちらが受診先の手配をすることはいたしません。むしろ,当院と縁もゆかりもない医療機関を受診されることをお勧めします」

ほんの少しを例に挙げるつもりだったが,書いているうちに頭に血が上ってきた。

ポスターや小冊子でもこれらのキャンペーンは可能だが,おそらく読んでくれないだろう。やはり文字に動きがないと。お盆に新幹線に乗った人も多いと思うが,各車両の前部にある電光表示板の情報をついつい読んだはずだ。退屈で他に見るものがないということももちろんあるだろうが,やはり文字が流れていると目につきやすい。

文字が流れるとはいえ,せっかくの大画面テレビに文字だけではもったいないしインパクトも薄い。わかりやすくアニメやミニドラマ仕立てにしてもよい。
モンスターペイシャントの理不尽な言動,それに対する医師の困惑ぶりを寸劇にして放映すれば,少しは理解してくれるかもしれない。ただ,「人の振り見て我が振り直せ」が彼らに可能かどうかはわからない。むしろ「医者に文句言うのは俺だけじゃないんだ」と納得・増長する可能性もある。DQNの外来受診は減らず,物わかりの良い善良な患者が病院に来なくなる,というのも充分考えられる。

| | Comments (3) | TrackBack (0)

August 23, 2007

ずーっと守備のゲーム

ある弁護士のブログが炎上している。

閉鎖される可能性もあるので魚拓をとっておく。

http://megalodon.jp/?url=http://machiben-nikki.at.webry.info/200708/article_1.html&date=20070822234518

発端の6/27のはこちら
http://megalodon.jp/?url=http://machiben-nikki.at.webry.info/200706/article_3.html&date=20070822234930

はっきり言って,「怖い」の一言。

この弁護士だけが特別なのではないのだろう。同じような考えの弁護士が今後も増えこそすれ減ることはないと思って間違いない。

彼女が例示した大淀病院の件では,多くの医師が「医師個人ではなく医療界全体の問題」ととらえているが,彼女にとっては『今回の奈良の裁判では、報道が正しければ、被告は「医療界」をあげて、闘うらしい。おっきくなってる!!』だそうだ。

一応知性と教養を備えているはずで,情報収集もやろうと思えば簡単にできるであろう弁護士でこれだ。
他の一般人が医師を見る目など,推して知るべしと言えよう。

ブログのコメント欄は盛り上がっているが,ブログ主本人はまったく出てこない。
「『医者の労働条件は悪い。寝る間もない』とか言いながら,ここに長文を頻繁に書き込めるほど暇じゃないの!」と毒づいている光景が目に浮かぶ。


彼女の今後は大きく分けて2通り。

A 大淀病院の件も含めてあらためて情報を収集し,現在の医療を取り巻く環境,特に大半の医師がトンデモ判決と呼んでいるものが医療に落とす影について法曹の立場から考える。

B 「自分は正しい。医師が悪い」と,ますます医者を嫌いになる。


Bの場合は怖さが増す。
弁護士は医師を攻撃できる(というか,それが仕事)が,医師は弁護士を攻撃できない。いつも向こうのターン。こちらのターンは巡ってこない。

自分のブログを荒らした,弁の立つ小賢しい医師達への復讐として,今後もいっそう精力的に医事訴訟に取り組むことだろう。

私としては,彼女の攻撃対象にならないことをただ祈るだけである。祈る以外の対策は,防衛医療・萎縮医療を徹底することぐらいしか思いつかない。こちらから攻撃できないゲームでは守りを固めるしかない。一番良いのはこの一方的なゲームから降りる,つまり臨床を辞めることだが,私は他に能がないので難しい。

| | Comments (5) | TrackBack (0)

August 10, 2007

地雷を踏む日

大野病院の胎盤癒着,大淀病院の妊婦脳内出血,杏林大学の割り箸,新宮の心筋炎。
これらの病態・疾患には共通項がある。それは「珍しい」ということ。

どんなに稀な病態・疾患に遭遇しても最適な対処をとり,最良の結果を残さなければ(最悪の結果を回避しなければ?)逮捕や高額賠償が待っている。
警察・司法・マスコミ・DQN市民は口を揃えて言うだろう。「どんなに珍しい病気でも治すのが医師だ。そのために給料もらっているのだから」と。

誰が言い出したか,このような(いろんな意味で)予後不良の稀な疾患・病態にあたることを「地雷を踏む」と呼ぶようになった。これには「自分(医師)は何も悪いことをしていないのに」というニュアンスも含まれる。

上記の事件を知っている医師なら,自分が地雷を踏む日のことを想像すると思う。

私の場合は悪性高熱か,アナフィラキシーか,CVCIか,はたまたDVTからの肺塞栓,麻酔から醒めないと思っていたら脳梗塞だったとか。硬麻での硬膜外血腫も頻度で言えば地雷並みだ。

将来,自分が地雷を踏むその日はどんな天候だろう。麻酔と天候は関係ないが,きっと晴天だと思う。落ち込んでいる私をあざ笑うかのように,窓からは明るい日差しが降り注いでいるような気がする。いや,私が手術室を出る頃にはとっくに日が暮れているはずだ。月がいつになくきれいに輝いていることだろう。

患者はきっと若く,手術対象疾患以外は問題のない,いわゆるhealthy patientに違いない。新婚だったり,先月子供が生まれたばかりとか,マスコミが喜びそうなネタも満載だろう。もしかしたら,治療の選択肢に手術以外の方法もあったとかも充分考えられる。「全身麻酔なんて,受ける必要はなかったのに…」

阿鼻叫喚の手術室から救いを求めて他院の麻酔科医,かつての同僚や先輩や後輩に連絡をとろうとするだろうか? 麻酔科の地雷は勝負が早い。何もできないうちにすべてが終わる可能性も高い。

賠償責任保険の会社や自宅にはどの電話で連絡するのだろうか。オペ室の内線電話か,自分の携帯か? あるいは院長室の電話かも知れない。家人は最初振り込め詐欺と疑うだろう。

その日は病院に泊まり込むのは間違いない。患者の家族には第一声何と言おう。不可抗力でも謝るべきなのか。後日「過失がないなら,なぜ謝ったのか」と責められないか。

おそらく次の日には別の病院で仕事がある。一夜明けた後「別の病院で仕事がありますので,じゃ。仕事が終わったらまた来ます」などと言えるだろうか。

だれか慰めてくれるだろうか? 孤立無援のフリー麻酔科医と言っても,慰めるくらいはタダだから少しは期待できるかもしれない。何の根拠もなく「きっと大丈夫。逮捕なんてされないよ」と。
そんな言葉がまったく救いにならないことはわかっていても,その気持ちがうれしいと思うことができればいいが。

地雷を踏んだら終わりだ。どうしようもない。自分の運の悪さを恨むしかない。

いや,待てよ。

加古川心筋梗塞,八戸縫合糸,宮崎採血無酸素発作

心筋梗塞,外傷,心疾患小児の採血。どれも珍しいものではない。

このような厄災は地雷ではなくて,なんと表現するべきか。

| | Comments (616) | TrackBack (0)

August 05, 2007

諸外国の上水よりマシかもね


魚拓

-----------------------------------------------引用開始-------------
広島大の水道水で学生が下痢、水道管誤接続で「中水」供給
8月4日0時42分配信 読売新聞


 広島大は3日、東広島キャンパス(広島県東広島市)の西体育館などで、研究施設からの洗浄排水を再利用した「中水」を飲用水として提供していた、と発表した。

 体育館が建設された14年前に「中水」と飲用の「上水」の配管を誤って逆に接続していた。7月に学生らが下痢などを訴えたために発覚した。同大学は対策チームを設置、健康被害などを調査している。中水は、実験器具を洗浄した水で、通常は活性炭や塩素で消毒後、トイレの洗浄などに利用される。

 大学や県によると、工事業者が、本管から分岐する際、上水を中水用、中水を上水用の配管に誤って接続。体育館内の冷水器や、グラウンドの水道水が「中水」になっていた。

最終更新:8月4日0時42分
-----------------------------------------------引用終了-------------


良かったね,酸素と笑気でなくて。

酸素と笑気なら14年間も気づかないということはないだろうけど。


| | Comments (2) | TrackBack (0)

August 04, 2007

1日20件も夢ではない

その昔,揮発性吸入麻酔薬の主流がまだハロタン(ハロセン,フロセン)だった頃,毎週3,4例は先天性心疾患の小児の麻酔を担当していた。パルスオキシメーターもまだ珍しく,カプノメーターの実物は見たことがなかった。
予定手術では術前に静脈ラインは確保されておらず(緊急手術ではラインが確保されていることが多かった),どんな症例でもGOFのスロー導入であった。重症例の担当となり,現在のように医師バッシングが横行していなかった当時でさえ「明日という日が終わっても,まだ俺の医師生命は無事だろうか?」と思う日が月に1回ぐらいあった。

しかし,今から思えばTOFなどの麻酔導入中におしっこちびる程の怖い経験をした記憶はない。鼠径ヘルニアでのラリンゴスパスムや斜視でのオクロカルディアックリフレックスのほうがよっぽど怖かった。

小児なので,前投薬が効いていなければ導入中は暴れる。TOFだろうと,いやがる子供をみんなで押さえつけて無理矢理マスクをあてることになる。GOFで意識が消失し体動がなくなると,他の麻酔科医または外科医が静脈ラインを確保してくれる。静脈ラインが確保されると筋弛緩薬やフェンタニルを投与し挿管となるが,なかには静脈ラインがなかなかとれず,延々とGOFでマスク換気することもあった。「早くラインをとってくれー」と心の中で祈りながら…。

何が言いたいかというと,チアノーゼ心疾患でも揮発性麻酔薬と笑気を用いたマスク麻酔はそれほど怖くないということ。静脈路を確保するまでの短時間ならなおのこと。


魚拓

-----------------------------------------------引用開始-------------
宮崎大側に2400万円の支払い命令
 宮崎医大病院(現宮崎大病院)で2003年、研修医の未熟な採血の結果、心臓病の長女(当時2)が呼吸困難で死亡したとして、宮崎県清武町に住む父親(42)が、大学に損害賠償を求めた訴訟の判決で、宮崎地裁は30日、約2400万円の支払いを命じた。

 判決理由で高橋善久裁判長は「研修医に経験を積ませることよりも、呼吸困難を起こす危険性を低下させることを優先すべきだった」と指摘した上で「注射針を刺す回数を最小限に抑える義務を怠った」と病院側の過失を全面的に認めた。

 判決によると、長女は03年9月12日、心臓病手術の輸血準備のため採血をされた際、研修医が2回失敗するなどして計4回の注射を受けた。長女は痛みや恐怖で号泣、その後も2回激しく泣いて呼吸困難に陥り、同日死亡した。

 高崎真弓病院長は「上訴などについては判決文の内容を検討して決定したい」とコメントした。

[2007年7月30日22時19分]

-----------------------------------------------引用終了-------------

例によって既に多くの方が意見・感想を書かれているので,いまさら述べることもあまりないが,私は麻酔科医の立場から考えてみよう。お金のことを持ち出すと嫌悪感を覚える方もいるだろうが,トンデモ判決への皮肉と思って我慢していただきたい。


麻酔の報酬を1日いくらの定額制ではなく,1件いくら,あるいは麻酔保険料の○%でもらっている麻酔科医なら,誰もが一度は考えることがある。それは,「一日で最高どれぐらい稼げるか」である。

全身麻酔の保険点数は麻酔時間2時間まで6100点,2時間を超える分は30分ごとに600点である。麻酔時間が4時間の症例を1件だけだと,6100+600×4=8500点にしかならないが,2時間の麻酔を2件こなした場合,同じ4時間の労働でも6100×2=12200点となる。重要なのは,“2時間以内”が6100点なのであり,全麻ならたとえ麻酔時間が10分でも6100点となる。つまり,長時間の症例を1件麻酔するより,短時間の症例を複数麻酔するほうが実入りは多くなる。1件いくらと決まっている場合も言うまでもなく,短時間の麻酔を数多くこなすほうが報酬は多くなる。

全麻の保険点数は分離換気だと2倍,体外循環を回すと3倍に跳ね上がるが,これらが必要な手術は短時間には終わらない。開心術1例の麻酔時間中に斜視や鼠径ヘルニアを何件こなせるか。

今回のおバカ判決により,「採血時にアノキシックスペルを起こして患児が死亡すると過失と認定される」ということになった。研修医が2回失敗したとあるが,ベテランが複数回失敗することもある。最初の1回で採血に成功したとしても,患児は泣くに違いない。今後は,TOFなどのチアノーゼ性心疾患では採血のために全麻が必要となろう。厚労省は今回の判決を厳粛に受け止め,チアノーゼ性心疾患の患児の採血に際して全麻を施行することを保険で認めるべきだ。

全麻だと体動がないので採血しやすい。運良く1回や2回の穿刺で採血できたなら麻酔時間は数分で終わる。マスク麻酔だけで,筋弛緩も挿管もないので覚醒が楽だ。術後鎮痛も考えなくていい。気をつけなくてはならないのは,麻酔時間が数分だと“迷もう麻酔”と見なされるおそれがあることぐらい。

採血のたびに全麻で6100点。病院にとっても,出来高制で働く麻酔科医にとっても美味しい話だ。小児専門病院でバイトしたいとは思わないが,採血のためだけの麻酔なら考えてもいい。チアノーゼ性心疾患の患児の採血日を決めてもらって,その日に10件ぐらい集中してくれれば有り難い。余裕をもって1件30分としても5時間で終わる。

| | Comments (17) | TrackBack (0)

« July 2007 | Main | September 2007 »