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October 29, 2006

当直医は熟睡しなければならない

奈良の大淀病院の件に関してはこちらに詳しい経過が記されている。

マスコミは当直の産科医が仮眠をとったことを鬼の首でも取ったかのように書いていた。無論,61歳の産科医が仮眠をとったのは妊婦の状態が落ち着いていたときである。夜中の1:37に突然の痙攣発作が出現して以降は処置・連絡・紹介状書き・家族への説明などに忙殺され,眠気など微塵もなかっただろう。

非医療者のなかには「患者の容体が落ちついているといっても,当直なのに仮眠すること自体がけしからん」と思っている人がいるかもしれない。これは大きな誤解である。夜の当直は正確には宿直と呼ぶ。宿直の医師は仮眠しても構わないどころか,充分に睡眠をとる必要がある。むしろ熟睡できなければ宿直ではない

医師の宿直に関してはここに詳しく記載されている。

>常態として、ほとんど労働する必要のない勤務で、原則として定時的巡視、緊急の文書文は電話の収受、非常事態に備えての待機等を目的とするものに限ること

宿直は労働しないことを原則としている。だからこそ時間外労働の賃金ではなく安い当直料しか支払われない。そして宿直の翌日も休みにならない。

夜中に一睡もせず,昼間と同じように働くのは夜勤である。夜勤明けは当然休みだ。

実際の医師の当直は一睡もできないことが多く,事実上夜勤である。恵まれた病院では当直明けの医師を休みにしているところもあるらしいが,ごく少数派だ。昼間の通常勤務に引き続き,一睡もできない夜勤をした上,翌日も朝から通常通り働く。いわゆる36時間連続勤務である。60歳を越えた身にこれが週に3回も4回もあったのではたまったものではない。

今気づいたことだが,(すべての報道を見たわけではないが)どのニュースも大淀病院の担当産科医の年齢を書いていなかったような気がする。年齢から個人を特定されることを避けるという配慮からか? 確かにまだ事情聴取の段階だが,大淀病院にひとりしかいない産科医の年齢を伏せてもあまり意味がない。第一,マスコミは知る権利を盾にいつもプライバシーを土足で踏みにじっているではないか。妊婦の搬送は8月7日で新聞の報道は10月17日。調べる時間は充分あった。新聞各社は産科医の年齢を知らないはずはない。もしこれが20代後半ぐらいの若い医者だったら,公表していたのでは? その未熟性をアピールするために。今回,医者が悪いというシナリオに沿って記事を創るにあたり,産科医が61歳のベテランというのはマイナス要因だったのでは? 61歳で当直している産科医に読者が同情しないように年齢を伏せたとか。勘ぐりすぎか? 

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October 28, 2006

もう,がんばらなくていいのです

重ね重ね,亡くなられた女性の冥福をお祈りする。

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命を救ってこそ病院:井上真
 命にかかわる緊急事態で医師の治療が切迫しているのに、受け入れ病院が決まらず焦る。誰でもいいからすがり付きたい。わらにもすがる思いだ。
 今年8月、奈良県大淀町の町立大淀病院で出産中の妊婦が意識不明の重体になった。受け入れ先の病院を探すも、18病院に「満床」を理由に拒否され、妊婦の高崎実香さん(32)は19カ所目の病院で脳内出血と診断された。緊急手術で男児出産も約1週間後に死亡。意識を失ってから処置を受けるまで6時間かかった。
 激しい怒りが込み上げる。拒否した病院の無責任さ、受け入れ先を見つけられず手間取った病院の無能ぶりに対してだ。該当する18病院は高崎さんの死をどう受け止めるのか。「我々以外の17病院も拒否した。責任は18分の1だ」とでも言うのか。「18病院もが受け入れできなかったのだから致し方ない。非常に残念です」。そんな空々しいコメントが容易に想像できる。
 後日、実は新生児集中治療室(NICU)が満床ではなかった病院の存在が明らかになった。その病院は切迫早産で入院中の妊婦のためベッド確保の必要があった、と説明している。理由はあるだろう、いくらでも。後から探せば何とでも言える。できない理由など100でも1000でも探せる。
 難しくても急を要する患者を、厳しい条件下で受け入れ、でき得る限りの治療を施すのが医療人の使命であり義務だ。時間的余裕もあり誰でも治せて、助かる確率が高い患者だけを選んでいるのか? 18病院が受け入れの姿勢を見せていれば、助かる確率は19番目の病院到着時よりも高かった。その事実をどう思うか。
 以前、家族が意識を失い救急車で搬送された。付き添った救急車の中で驚いた。受け入れ先が見つからない。1時間は待っただろう、家の前で。救急車は停車したままだ。隊員は困った表情で「ベッドがいっぱいで入院はできないそうです。どうしますか?」と、1病院ごとにこちらに判断を求めてきた。
 精神的なゆとりはわずかにあったが、緊急搬送の実態を知って焦りは倍増した。「ベッドがどうかは気にしないでください。まず治療を受けられる病院に、それも一番近いところに運んでください」と伝えて、ようやく走りだした。
 信号を無視して突っ走る救急車に乗りながら、ものすごく矛盾を感じた。「ここで急ぐことよりも、もっと根本のところが間違っている」。
 18病院は大淀病院がどの順番で打診したかを知りたがるだろう。そして、早くに打診された病院は「我々に打診された時はまだ重篤ではなかったはず」と言い逃れ、最後の方の病院は「自分たちよりも前に打診された病院の責任が重い」と主張するだろう。
 高崎さんが亡くなり、これだけずさんな実態があらわになった。死に至らないケースはもっとある。とても人を助けるどころじゃない。命を救うのが病院ではないのか。命を見捨てた18の病院に言いたい。恥を知れ。

-----------------------------------------------引用終了-------------

これが個人ブログなら,吉○神社の宮司(すべてのコメントが削除されている),おおた○女史(まったくコメレスなし),doctorpack(ほどよく炎上中)のように火だるまになるところだろう。

スポーツ紙とはいえ(スポーツ紙だからこそ?),記者であれば新聞報道がいかにあてにならないか熟知しているだろうに。各紙お互い様であろうから,別に他紙を批判しろとまでは言わないが,きつい言葉で医師や病院を罵る前にせめてネット上で情報収集して検証するべきだろう。ネットで発言はできるが,ネットを使っての情報収集はできないのか。


>激しい怒りが込み上げる。拒否した病院の無責任さ、受け入れ先を見つけられず手間取った病院の無能ぶりに対してだ

再度書くが,真夜中に意識不明の妊婦を引き受けられる施設を見つけるのは大都市でも難しい。熟練した産科医はもとより麻酔科医,小児科医,開頭するには脳外科医も必要だ。真夜中にこれだけのマンパワーを揃えられ,なおかつ手術室,母親用のICU,NICUの3つが空いていなくてはならない。各病院への搬送依頼の電話は大淀病院の産科医と奈良県立医大の当直医が行ったそうだが,搬送依頼はホテルの予約とは違う。「空いてますか?」「いっぱいです」「はい,そうですか(ガチャン)」ですむものではない。病院でまず電話を受けるのは事務当直。それを当直医につなぐ。当直医が産科とは限らない。両病院の産科医同士が直接話をする必要があるので,当直医は産科医と連絡をとる。ベッドに空きがあるか,無いならなんとか調整できないか(ICUで一番軽症の患者を一般病棟に移せないかなど)も検討する。意識障害があるので脳外科か神経内科にも連絡しなくてはならない。麻酔科医も必要だ。「すぐに返事はできないので,後で連絡します」となる。ICU収容患者のうちでもっとも軽症の患者といっても,主治医に無断では動かせない。その患者が心臓外科の患者だったなら,心臓外科医とも相談しなくてはならない。軽症だと思って一般病棟に移した直後に急変したら,転棟を指示した医師は責めを負う。受け入れ謝絶の決断に時間を要した病院も多いだろう。

一カ所からの返事をただ待っているわけにはいかない。返事待ちの間も次々と心当たりの病院に電話を入れたはずだ。。それでなければ,あれだけの短時間に19カ所から返事をもらうことはできない。産科医が他院への搬送を決断したのは午前1時50分,国立循環器病センターが受け入れOKとしたのが午前4時30分頃だったという。2時間40分で19カ所と連絡を取るのは簡単なことか? 受け入れ先をどのように探せば“無能”と呼ばれないのか?


>難しくても急を要する患者を、厳しい条件下で受け入れ、でき得る限りの治療を施すのが医療人の使命であり義務だ。

この記者は大野病院の件を知らないようだ。「大野病院」「片岡」「いちかばちか」でググってみればよい。条件が整っていない状況下で使命感や義侠心から困難症例を引き受け,もし結果が悪かったなら,後日職場の同僚や患者の前で手錠をはめられる。死にそうな患者を前に医師がどんなにがんばったとしても,後から時間かけて丹念にあら探しをすれば「医師に過失があったとする理由など100でも1000でも探せる


>時間的余裕もあり誰でも治せて、助かる確率が高い患者だけを選んでいるのか?

当たり前である。そうしないと逮捕される。警察・司法がそういう方針なのだ。最近は民事訴訟だけなら「まだましではないか」とさえ感じる。最近の産科や小児科の医師不足の原因を「少子化によってお客が減るから」とでも思っているのか? 最近は産科や小児科だけでなく,外科医も刑事訴追や民事訴訟を忌避し減ってきている。「時間的余裕もあり誰でも治せて,助かる確率が高い患者だけを選ばざるを得ない」状況は医師が望んだわけではない。本来,医師は難しい症例にチャレンジしたがる習性があるが,昨今の医療バッシングのせいで医師は去勢されつつある。危ない症例を避け,無難な治療しか行わない萎縮医療,(自分の医師生命や人生を守るという意味での)防衛医療がますます広がるだろう。「人の命がかかっているのだから逮捕を恐れるな」など,誰が言えよう。


>信号を無視して突っ走る救急車に乗りながら、ものすごく矛盾を感じた。「ここで急ぐことよりも、もっと根本のところが間違っている

そう,根本のところが間違っているのである。だが,この記者の言う根本とは医師や病院のことであって,医療政策ではないらしい。日本の医療制度や医療政策に問題があるとわかっているなら,医師や病院をこんなに口汚く罵ることはないだろう。


>18病院は大淀病院がどの順番で打診したかを知りたがるだろう。そして、早くに打診された病院は「我々に打診された時はまだ重篤ではなかったはず」と言い逃れ、最後の方の病院は「自分たちよりも前に打診された病院の責任が重い」と主張するだろう。

何でこういう発想ができるのか。もしかしたら,18のすべての病院が同じ条件だったと思いこんでいるのか。実際のところは不明だが,産科はあっても脳外がない,脳外はあるが麻酔科医がいない,ICUはあるけどNICUに空きがない,手術室が使用中など,人的・施設的条件がバラバラのはずである。ベースの条件が揃っていないのに順番を気にしてもしようがない。


>高崎さんが亡くなり、これだけずさんな実態があらわになった。死に至らないケースはもっとある。とても人を助けるどころじゃない。命を救うのが病院ではないのか。命を見捨てた18の病院に言いたい。恥を知れ。

そうか,やはりそうなのだ。この記者は,18のすべての病院で治療が可能だったと思っている。真夜中に開頭手術+帝王切開を施行し,術後の母親を集中治療し,重症仮死で生まれるかもしれない児を治療することが,18施設すべてにおいて可能だったとしなければ,「命を見捨てた18の病院」などとは書けない。

「恥を知れ」か。やれやれ。パンダの話がぴったりだな。長いし,見飽きた人もいるかもしれないが貼っておこう。出典が某巨大掲示板だし,亡くなられた女性を王様に例えているのは不謹慎だと思うが,今の産科医の現状を的確に物語っている。


-----------------------------------------------引用開始-------------
 絶滅危惧種と言われながら休みも正当な報酬も無く次々と力尽きていく我が国の産科医師は虐待されているパンダそのものである。

 本来パンダは大切に扱われ、産まれてきたパンダの赤ちゃんは死なないように大事に大事にされる。

 ところがこの国の医療界のパンダ(産科医師)は絶滅寸前であるにも関わらず、押し寄せる観客に朝から晩まで芸を披露させられ、それが終われば畑へ連れて行かれ、牛や馬でもできる仕事をさせられている。

 あるパンダは嘆いた。

「どうして僕達だけこんなに芸や重労働をさせられるのだろう。餌だって生きていくのにやっとしかもらえない。そうだ、パンダだからいけないんだ、白熊になれば楽になれる。 」

 早速そのパンダは折角の愛嬌のある白黒模様を捨て、毛を全て白く染め、白熊の檻へと非難した。

「あー、白熊になって良かった。これでゆっくり休める。餌だってなぜか前よりちょっと増えたぞ。」

 残ったパンダはさあ大変、少ない頭数で来る日も来る日も朝から晩まで芸と重労働。また、その芸は完璧でなければならない。一生懸命難しい玉乗りをしていても、強風に煽られてこけたら大変。

「パンダのくせに芸を失敗した。」と観客から激しいブーイング。

 ぶら下がっているミノムシからも

「そんな芸、ミノムシの俺でもできるぞ。何失敗してやがる。けしからん。罰を与えよ」とミノムシのクセに大声でやじる。観客が拍手する。「そうだ!ムチで打て!!」

 玉からこけたパンダに手錠がかけられた。ムチが打たれる。

「お前が玉から落ちるから悪いのだー思い知れ!!」

ピシッ ピシッ 容赦なくやせ衰えたパンダにムチが飛ぶ。

 拷問の後で「もう駄目だ、僕も白熊になろう。残された仲間達、ゴメン、もう限界だ。パンダを続けると死んでしまう。」

 こうしてヨロヨロのパンダはまた一匹一匹と白熊になった。

 子供ができにくいパンダはそんな環境では当然子供が増えない。どんどん数が減る。全国の動物園からパンダがいなくなった。

 観客は怒った

「どうしてパンダはいないの?最近のパンダは根性がない!芸が見られないなんて私達が困るじゃないの!そうだ、署名しましょう。」

 観客はパンダを虐待するから減少していることに気づかない。

 とある動物園が困り果てて

「十分に餌をあげるからパンダさん、来てチョウダイ」

 パンダがやってきた。命を削って芸と労働を行った。幸い失敗は無かった。ところが観客から野次が飛ぶ

「何そんなに餌食ってんだよ。勿体無いじゃねえか!!」

 疲れ果てたパンダはその動物園を去った。

 今日もまた一匹、また一匹、パンダが動物園から逃げる。白熊になる。でも不思議なことに、その原因が虐待であることをパンダやその周りの動物達以外は誰も指摘しないし、 変えようともしないのである。

 こうして全国の動物園からパンダはほとんど姿を消しました。残ったパンダの多くは疲労困憊して、難しい芸はできないのです。

 

 そんなある日、動物園に王様と王子様が遊びに来ました。

王様「余はパンダのトリプルスピンが見たいぞよ」

動物園は困り果てました。そんな芸のできるパンダはうちの園にはいないんです。

 だんだん王様親子は不機嫌になってきました。

 王様の頭から湯気が立つのを見て、飼育員は付近の動物園に電話を掛けまくりました。

 飼育員「そちらの園にトリプルアクセルスピンのできるパンダはいないでしょうか、王様がご立腹なんです」

 A園「無理だよ、今別のお姫様に芸を見せてるんだから」

 飼育員「2回転半のパンダでもいいからお願いします」

 B園「ダメですね、そうやって不完全な芸でお客さんを呼んだ他の園が、訴えられて閉園したじゃないですか」

 だが苦労が実り、19件目の動物園が「やってみましょう」と王様親子を受け入れてくれたんです。

 しかし、その園のショーで王子様は喜びましたが、王様は満足せず、怒って帰ってしまいました。

 それを見ていた他の観客は「18もの動物園がパンダの芸を見せないのはおかしい」と激怒しています。

 でも、他の動物たちは「あんな難しい芸を要求されたら、希少なパンダではよくやった方だよ」と思いました。

 それを遠くから眺めていたミノムシは言いました。

「カバだって同じ哺乳類、パンダの芸もできないのは動物失格だね」

観客たちは手を叩いてミノムシを褒めました。

-----------------------------------------------引用終了-------------

最後の例えがわからない。
誰かが「○○科だって同じ医師,分娩もできないのは医師失格だね」とでも言ったのだろうか。

とにかく産科の先生方,お疲れ様でした。もう充分です。これ以上がんばっても評価されないどころか,刑事訴追で人生を棒に振ってしまいます。せめて身体だけでも楽になるような方向転換を図ってください。

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October 27, 2006

国語ができない文系

奈良の妊婦搬送の件ではいろいろ書きたいことが多すぎて,自分でも頭の中を整理できていない。しかもこのようなときに限って仕事が忙しい。麻酔かけながら奈良のことばかり考えている。大野病院の時と同じだ。考え事しながら麻酔をするのは危ない。気をつけねば。

今日はとりあえず,これにしよう。


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平成18(2006)年10月24日[火]
【主張】病院たらい回し 患者本位の基本忘れるな

 分娩(ぶんべん)中に意識不明に陥った妊婦が、19カ所もの病院に次々と転院を断られ、やっと収容された病院で脳内出血と帝王切開の緊急手術を受け、男児を出産した。だが、8日後に亡くなってしまう。問題は病院の「たらい回し」である。

 残された夫は「妻の命をもっと大切にしてほしかった」「今後、同じことが起きないよう妊婦の搬送システムを改善してほしい」と訴えている。

 妊婦は8月7日、奈良県大淀町立大淀病院に入院し、翌日午前0時過ぎ、頭痛を訴えて意識を失った。適切な処置ができないと判断した大淀病院は受け入れ先を探したが、満床や専門医不在を理由に断られ、6時間後、約60キロ離れた国立循環器病センター(大阪府吹田市)に運び込まれた。受け入れを打診した20カ所目の病院だった。

 患者を医療設備と専門スタッフのそろった病院に搬送するシステムの欠如がまず問題だ。

 奈良県では高度な医療や緊急治療の必要な妊婦の40%近くが県外に転送されている。厚生労働省が進めているお産を扱う周産期医療をネットワーク化するシステムの導入も他の自治体に比べ、遅れたままだ。

 重体の患者を引き受け、面倒な医療訴訟を起こされる事態を避けたがる受け入れ側の病院の体質もあるだろう。厚労省によると、周産期医療は訴訟が多く、医療ミスや医療事故の12%は、産婦人科医が当事者だという。

 妊婦が最初に入院した大淀病院の誤診の問題も、忘れてはならない。大淀病院は容体の急変後、妊娠中毒症の妊婦が分娩中に痙攣(けいれん)を引き起こす「子癇(しかん)発作」と判断し、痙攣を抑える薬を投与した。当直医が脳の異常の可能性を指摘し、CT(コンピューター断層撮影法)の必要性を主張したが、受け入れられなかった。

 脳内出血と正確に診断されていれば、搬送先の幅が広がり、早く受け入れ先が決まっていた可能性は高い。

 奈良県警は業務上過失致死の疑いもあるとみて捜査に乗り出した。

 患者を救うのが、病院や医師の義務である。患者中心の医療の基本を忘れているから患者をたらい回しにし、患者不在となる。
もう一度、医療とは何かをしっかり、考えてほしい。

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再度,亡くなられた女性のご冥福をお祈りする。

小学生の頃,新聞に書いてあることはすべて正しいと信じていた。中学生になってもスポーツ紙以外の大手の新聞はまともだと思っていた。高校生の頃には,新聞社も私企業だから自社に都合の悪いことは書かないということは理解できた。そして社会人になって数年後に松本サリン事件が起き,マスメディアが無実の人を袋だたきにするのを見た。これに戦慄を覚えた人は少なくないであろう。しかしマスコミがいい加減で,それでいて恐ろしい存在だと実感するようになったのは,ネットを通じて多くの情報を得られるようになってからのこと。

新聞記者は自分が描くシナリオに沿って記事を書く。取材内容の取捨選択は彼らにあり,シナリオに沿ったものだけを採用し,読者の考えが自分のシナリオに向くように語句を飾る。

今回の奈良の妊婦搬送に関しては「たらい回し」という単語がよく使われた。この「たらい回し」という用語で読者はどのようなシーンを想像するか。

大淀病院から救急車でA病院に到着したものの入院を断られ,しかたなくB病院へ。そこでも断られC病院へ…。これを繰り返して19番目の病院がやっと受け入れてくれた。「たらい回し」とは本来こういうことを指すのではないか?

大淀病院の妊婦が実際に移動したのは国立循環器病センターまでの1回だけである。
電話での依頼が伝言ゲームのように「たらい回し」されたわけでもない。

大淀病院の産科医と県立奈良医大の当直医があちこちの病院に電話で要請した(一部には家族も協力したとされている)。

気の早いカップルはそろそろクリスマスのディナーの予約をとろうとしているかもしれない。二人で手分けして評判のレストランに次々電話しても予約満杯として断られ,19件目にやっと予約がとれたとき,これを「たらい回しの末にやっと予約がとれた」と言うのか。

些細な言葉尻にこだわっていると思われるのは心外だ。「たらい回し」は悪意に満ちたこじつけ表現で,見逃せるものではない。HIVを「エイズ菌」,気管切開を「気管支切開」と表記する程度なら何も言わない。これらは無知による誤記であり悪意はない。
それとも,「たらい回し」というのは救急搬送が遅れたときの枕詞か? 
記事を書いた記者はおそらく文系出身だろうが,国語が得意で文系に進んだのではなく,数学ができないから文系に行かざるを得なかった口か。

>妊婦が最初に入院した大淀病院の誤診の問題も、忘れてはならない。大淀病院は容体の急変後、妊娠中毒症の妊婦が分娩中に痙攣(けいれん)を引き起こす「子癇(しかん)発作」と判断し、痙攣を抑える薬を投与した。

脳出血がいつの時点で発生したのかわからない。国立循環器病センターへ向かう救急車のなかで出血が始まった可能性もある。国立循環器病センターで撮ったCTで出血があったからといって,最初から出血していたということにはならない。子癇と脳出血をまったく別の疾患とするのではなく,脳出血は子癇の合併症のひとつとする見方もある。

>当直医が脳の異常の可能性を指摘し、CT(コンピューター断層撮影法)の必要性を主張したが、受け入れられなかった。

「いつ脳出血があったかどうかわからないからこそ,最初にCTをとれば良かった」という意見もあるだろう。だが,子癇の(疑いの強い)妊婦を動かすことの危険性,CT室までが遠かったこと,放射線技師の呼び出しや機械のウォーミングアップに時間のかかること,CT撮影に関する内科医の進言はなかったこと,などはネット上で多く語られている。また,救急医の先生方には「CTは死のトンネル」が常識だそうである。
これらの「ネット上の情報は信用できない」という方には「じゃあ,新聞は信用できるのか」と返しておこう。


ついでにもうひとつ突っ込んでおく。

>脳内出血と正確に診断されていれば、搬送先の幅が広がり、早く受け入れ先が決まっていた可能性は高い

これはありえない。脳内出血と正確に診断されていれば,搬送先の幅は非常に狭くなる。夜中に「脳内出血の妊婦がいるので,そちらの病院で治療して」と言われて応じられる病院はまずない。前にも書いたがカイザーする産科医と開頭する脳外科医以外に,麻酔科医と小児科医(特に新生児科)が揃い,母体のベッドと新生児用ベッド(NICU),さらに手術室が空いていなければ対処のしようがない。マスコミの一部には「転院を打診された県立奈良病院が、NICUが1床空いていたのに拒否していたこと」をあたかも悪行を見つけたかのように書き立てているが,NICUだけが1床空いているだけでは母親の入るところがない。「ベッドが無くても廊下のソファとか」というヤツとは話にならない。母親にもICUが必要だったのだ。

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October 19, 2006

前門の虎 後門の狼

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奈良妊婦死亡:県警が捜査 医療ミスとの因果関係焦点に
 奈良県大淀町立大淀病院で今年8月、妊婦が分娩(ぶんべん)中に意識不明になり、大阪府内に搬送後死亡した問題について、同県警は業務上過失致死容疑で捜査する方針を固めた。同病院側が17日の会見で「(脳内出血でなく)子癇(しかん)発作の疑いとした点で、判断ミスがあった」と述べており、ミスと死亡との因果関係の立証が焦点となる。また満床などを理由に妊婦の受け入れを拒んだ病院の対応についても、刑事責任が問えるかどうかを検討する。
 大淀病院によると、今年8月8日未明、高崎実香さん(32)=同県五条市=が18病院に断られた末、同日午前6時ごろ、国立循環器病センター(大阪府)に搬送され、男児を出産したが、高崎さんは同16日に死亡した。【高瀬浩平、花沢茂人】
毎日新聞 2006年10月18日 12時00分 (最終更新時間 10月18日 19時07分)
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あらためて,亡くなられた女性の冥福をお祈りする。

>満床などを理由に妊婦の受け入れを拒んだ病院の対応についても、刑事責任が問えるかどうかを検討する。

意識を失った妊婦の受け入れを断った18施設の当日の当直医たちは昨日までは「あのとき断って正解だった。受け入れていたら今頃…。断ったのも自分とこだけじゃなく18施設もあったんだ」と胸をなでおろしていたはずだ。今はどんな心境だろう。

大淀病院の産婦人科医は意識障害が脳出血ではなく子癇のためと考えたため,CTを撮らなかったという。脳出血と診断がついたのも国立循環器病センターだった。電話で聞いた妊婦の容体から脳出血を疑った医師もいるかもしれないが,搬送依頼があった段階ではどの病院の誰もが脳出血のことを知らないはずである。結果論でいうと,夜中に緊急開頭術と帝王切開をほぼ同時に行える施設以外では,「受け入れを断ったことが大正解」なのである。

医者叩きが趣味の人は「それは結果論」というだろう。しかし,実際医師はいつも結果論で裁かれている。結果が悪かった場合に,過去の決断ポイントにさかのぼり,そのポイントでの判断に誤りがあったのではと疑われる。医師が秒単位で下した決断を,数週間~数か月かけて警察や司法,マスコミが懸命にあら探しをする。
「あの時,子宮を用手剥離ではなくハサミを使ったから大出血した」「輸血製剤をもっと用意しておけば」「応援医師を呼んでいれば」。割り箸事件では「CTを撮っていれば」

18施設のうち,夜中に緊急開頭+帝王切開ができ,NICUもある病院がいくつあるだろう。警察はいつものように,妊婦の受け入れを断った各病院の決断ポイント,つまり電話連絡を受けた時点にさかのぼり,その決断の是非を問えばいい。彼らのそのときの決断は正しかった。

それとも,「あなたの病院では開頭手術はできないが緊急帝王切開はできたはず。連絡を受けた段階では脳出血は誰も知らなかったのだから,帝王切開のために受け入れるべきだった」とでも理屈つけて責めるのか。昨日も書いたが,福島地検の片岡康夫次席検事は大野病院の件で「はがせない胎盤を無理にはがして大量出血した」とした上で、「いちかばちかでやってもらっては困る」と言っている。意識障害のある妊婦は脳出血の可能性があるのだから,開頭手術ができない病院では「いちかばちか」で受け入れてはいけないはずだ。

いよいよ大変な時代になってきた。その病院では手に負えないような症例を引き受けて結果が悪ければ逮捕され,そうかといって患者の受け入れを断っても刑事責任に問われる。逃げ場がない。いつかフリーター麻酔科医のことを“やられキャラ” と書いたが,とんでもない。フリーター麻酔科医は日本の歩道を歩いている。ごく稀に酔っぱらい運転のクルマが突っ込んで来るかもしれないが,カンボジアの地雷原を歩いているような勤務医(特に産科)に比べたらはるかにましだ。今夜も日本全国の病院に当直医がいる。やっかいな症例が来ないことを祈りながら。

さて,大淀病院のほうだが,第二の福島県立大野病院となるのか? 奈良県といえば今年6月に大和高田市立病院の産婦人科医が妊婦の出血死で書類送検されている。警察は今度は逮捕をねらっているのか。なにしろ,警察は医者を逮捕すると表彰されるらしいから。

>同県警は業務上過失致死容疑で捜査する方針を固めた。同病院側が17日の会見で「(脳内出血でなく)子癇(しかん)発作の疑いとした点で、判断ミスがあった」と述べており、ミスと死亡との因果関係の立証が焦点となる。

病院側が判断ミスを認めたので,県警は勢いづいたのかもしれない。

何の悪意もなく通常業務をこなしている医師が,医療の結果責任を問われ刑事訴追を受ける-この理不尽な事象が繰り返されるため,あまり驚かなくなってきた。恐ろしいことである。

ところで,古い記事で恐縮だが
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秋田県警ついに捜査ミス認めた…秋田連続児童殺人
 秋田の連続児童殺人事件で、殺人罪などで起訴された畠山鈴香被告(33)の長女・彩香ちゃん(当時9歳)の水死を当初「事故の可能性が高い」とした捜査について、検証していた秋田県警は4日、「捜査として必ずしも十分ではなかった。甘かった」とし、初めて“初動捜査のミス”を認めた。当時の捜査について質問状を出していた米山豪憲君(当時7歳)の遺族には同日、秋田県警幹部が検証の結果を説明。父親・勝弘さん(40)によると、謝罪の言葉はなかったという。
 「しっかり聞き込みをしていれば…」。事件発生から約5か月、秋田県警がようやく“捜査ミス”を認めた。4日に開かれた県議会教育公安委員会で、秋田県警の杵淵智行本部長は「事故の可能性が高いと判断したが、もう少し慎重にすべきだった」と説明。「しっかり聞き込みしていれば、事件の可能性のある情報を入手できたかもしれない」と振り返った。
 秋田県警では同日、豪憲君の父親・勝弘さんにも「聞き込みが不十分だった」などと捜査の検証結果を説明。だが、謝罪はなかった。勝弘さんは「責任の所在を明確にし、謝罪してしかるべきだ。そうでなければ同じことが繰り返される」と話した。
 彩香ちゃんの水死について、秋田県警は遺体発見翌日の4月11日、「事故の可能性が高い」と発表し、捜査態勢を80人から20人に縮小していた。だが、翌月には豪憲君が殺害され、遺族や住民の間で、捜査が不十分だったのではないかとの批判が出ていた。
 この日の委員会で、捜査を尽くしていれば豪憲君は殺されなかったのではないか、と聞かれた杵淵本部長は「子どもを亡くした父親の心中は察するにあまりあるが、彩香ちゃんの事件は極めて特異で、難しい事件だったと理解していただきたい」と苦しい“言い訳”。
 捜査の責任については「組織の最高責任者である私が誰よりも重く受け止めなければならない」と話したが、「捜査ミスではないのか」との追及には「今回の教訓を生かし、県民の安全な生活を守っていく」と述べるにとどまり、処分などはしない考えを示した。
 ◆秋田の連続児童殺人事件 秋田県藤里町の藤里小4年・畠山彩香ちゃん(当時9歳)が4月9日、自宅を出たまま行方不明となり翌10日、自宅から約6キロ離れた川の浅瀬で水死体で発見され、秋田県警は「誤って自宅近くの川岸から転落したとみられる」と発表した。5月17日に2軒隣の同小1年・米山豪憲君(当時7歳)が自宅近くで失跡、翌18日に首を絞められ死亡しているのが見つかり、県警は彩香ちゃんの母親・畠山鈴香被告を6月に殺人容疑などで逮捕、7月18日には彩香ちゃん殺害で再逮捕した。秋田県警は豪憲君事件以降、彩香ちゃんの再捜査を始めており、捜査の在り方に批判の声が上がっていた。
(2006年9月5日06時00分 スポーツ報知)

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秋田県警は捜査ミスを認めている。そしてそのために罪のない子供が死亡している。
これは業務上過失致死にはならないのか?

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October 17, 2006

友達は大事にしなくちゃ

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奈良の妊婦が死亡 18病院が転送拒否
2006年10月17日12時13分
 奈良県大淀町の町立大淀病院で今年8月、出産中の妊婦が意識不明の重体に陥り、受け入れ先の病院を探したが、同県立医大付属病院(同県橿原市)など18病院に「ベッドが満床」などと拒否されていたことがわかった。妊婦は約6時間後に約60キロ離れた大阪府吹田市の国立循環器病センターに搬送され、男児を出産したが、脳内出血のため8日後に死亡した。
 妊婦は、奈良県五條市に住んでいた高崎実香さん(32)。大淀病院によると、出産予定日の約1週間後の8月7日に入院した。主治医は高崎さんに分娩(ぶん・べん)誘発剤を投与。高崎さんは8日午前0時ごろ頭痛を訴え、約15分後に意識を失った。
 主治医は分娩中にけいれんを起こす「子癇(し・かん)」発作と判断、けいれんを和らげる薬を投与する一方、同日午前1時50分ごろ、同県の産婦人科拠点施設・県立医大付属病院に受け入れを依頼したが、断られたという。
 付属病院と大淀病院の医師らが大阪府内などの病院に受け入れを打診したが拒否が続き、19カ所目の国立循環器病センターが応じた。高崎さんは同センターに同日午前6時ごろ到着、脳内出血と診断され、緊急手術で男児を出産したが、8月16日に死亡した。男児は元気だという。
 大淀病院の横沢一二三事務局長は「脳内出血を子癇発作と間違ったことは担当医が認めている」と話した。搬送が遅れたことについては「人員不足などを抱える今の病院のシステムでは、このような対応はやむを得なかった。補償も視野に遺族と話していきたい」としている。
 実香さんの夫で会社員の晋輔さん(24)は「病院側は一生懸命やったと言うが、現場にいた家族はそうは感じていない」と話した。生まれた長男は奏太ちゃんと名付けられた。実香さんと2人で考えた名前だったという。
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まずは亡くなられた女性の冥福をお祈りするとともに,その家族にお悔やみ申し上げたい。

大淀病院や主治医に落ち度があったかどうか,私にはわからない。

言えることは,これからもこのような事件は増えることはあっても減ることはないだろう。いや,素直に激増すると言うべきか。医師の数がどうしようもなく不足しているせいもあるが,それだけでない。

福島地検の片岡康夫次席検事は大野病院の件で「はがせない胎盤を無理にはがして大量出血した」とした上で、「いちかばちかでやってもらっては困る。加藤医師の判断ミス」と明言。手術前の準備についても「大量出血した場合の(血液の)準備もなされていなかった」と指摘した。 ( 読売新聞 2006.3.11 )

救急向けに単語を少し変えると「手に負えない症例を無理に引き受けて救命できなかった」とした上で,「いちかばちかで引き受けてもらっては困る。症例を引き受けた医師の判断ミス」と明言されるかもしれない。

そう,我々医師はイチかバチかの治療にとりかかると,結果が悪ければ逮捕されるのである。
ならば,その症例の治療に自信が持てないなら,自分の身を守るために救急患者の受け入れを拒否しなくてはならない。意識不明の妊婦を自信もって診られる施設・医師は多くないだろう。

医者叩きを趣味とする連中は「人の命がかかっているのだから,逮捕を恐れるな」などと言ってくれるかもしれない。とんでもない。逮捕なんてされたら人生台無しである。


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搬送拒否訴訟で和解成立 救急体制の充実を約束

ゼリーをのどに詰まらせた長男=当時(3)=が窒息死したのは、川崎市立川崎病院が救急受け入れをいったん拒否したためとして、両親が市に約2000万円の損害賠償を求めた訴訟は13日、市が300万円を支払うなどの内容で、横浜地裁川崎支部(笹村将文(ささむら・まさふみ)裁判長)で和解が成立した。
 市は救急医療体制の整備、充実に努めることなども約束した。
 訴状などによると、2003年8月7日、長男がゼリーを詰まらせ、救急隊が市立川崎病院に受け入れを頼んだが断られた。ほかへの搬送が困難で、12分後に再度要請して収容されたが、長男は同日夜に死亡した。
 和解を受け記者会見した両親は「市は救急体制を充実させ、悲しい思いをする人がいなくなるようにしてほしい」と話した。

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2003年に亡くなられた児の冥福をお祈りするとともに,遺族にお悔やみ申し上げる。

川崎市立川崎病院は最初受け入れを断ったものの,12分後の再要請で患児を受け入れたが,この12分のタイムロスのせいで児が死亡したと訴えられた。受け入れを最後まで拒否した他の病院が訴えられているという話は聞かない。

この件でおそらく多くの医師が教訓を得ただろう。
「一度受け入れを断った救急患者は,絶対に受け入れてはならない」

遺族は子供の死を受け入れられず,どこかに怒りの矛先を向ける。3歳児に悪名高いこんにゃくゼリーを与えた自分ではなく,病院に向けられる。「受け入れられるなら,なぜ最初の要請で受け入れてくれなかったのか」と。


まとめると
1 大野病院の教訓により,イチかバチかの医療をしてはならない。つまり自信のない医療はしてはならない。

2 川崎病院の教訓により,一度断った患者は最後まで受け入れてはならない。

3 上記1および2により,今後とも奈良の妊婦のような不幸な患者が増える。

誤解しないでもらいたいが,私はこのような急性期医療の崩壊を喜んでいるわけではない。
私や私の家族が救急患者や転送が必要な患者になる可能性はある。気をつけていても交通事故に遭うことだってある。
ただ,私が意識不明になったらどうしようもないが,家族が重体で私が大丈夫なら私はすべてのコネとツテを駆使し,信頼できる医師がいる病院にねじ込むだろう。長年医療に奉仕してきたのだから,家族の一大事にこれぐらいしてもバチは当たるまい。医者であることの利点は少なくなってきたが,医者の友人が多いことは残された大きなメリットだ。


医者叩きばかりしている連中に,医者の友人はいるのかな。

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October 05, 2006

生体腎移植の臓器売買

マスコミは相変わらず「担当医師が移植学会に所属していなかった」,「同意文書がなかった」,「倫理委員会がなかった」などと些末なあら探しに懸命で,どうしても医師や病院を悪者にしたいらしい。

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ドナー確認は保険証だけ…執刀医、移植学会に所属せず
 愛媛県宇和島市の「宇和島徳洲会病院」で行われた生体腎移植を巡る臓器売買事件で、執刀した泌尿器科部長の万波(まんなみ)誠医師(65)は、国内で移植を行う医師のほとんどが所属する日本移植学会に所属していなかったことが2日、わかった。

 万波医師は、提供者の本人確認の手段について「保険証を見ること以外、今までやったことがない」と証言した。臓器提供者(ドナー)の範囲や移植までの手順は、日本移植学会の倫理指針で定めている。
 臓器提供者の本人確認や親族関係の確認の具体的な方法は、学会の倫理指針にも定めがなく、チェックのやり方は病院側の判断に委ねられている。学会へ所属するかどうかは任意だが、非会員とわかったことで、学会の調査や対策にも、大きな課題が浮上した。
 万波医師は、腎移植では全国有数の実施件数を上げ、腎移植の世界では名の通った存在だ。山口大を卒業した1970年から市立宇和島病院に勤務し、腎移植は77年から2004年に退職するまでに545件手がけた。
 00年は36件で全国の施設で2番目、01年も35件で全国で3番目に多かった。04年4月にオープンした宇和島徳洲会病院に移った後も実施件数は82件にのぼった。同病院での生体腎移植は、すべて万波医師が担当していた。同医師は「(本人確認は)保険証を使うが、本人の言葉を信じるしかない。(それ以外の確認は)今までやったことがない」と読売新聞の取材に話した。
 今回、逮捕された患者で水産会社役員山下鈴夫容疑者(59)(宇和島市中沢町)に移植した腎臓の提供者についても、松山市内の貸しビル業の女性(59)を、病院側は「山下容疑者の義妹」と思い込んでいたという。
 田中紘一・学会理事長は「学会に所属していない医師に倫理指針を適用するかは想定外で、強制力はないことになる。病院に倫理委員会がないのは、医療スタンスとして問題」と話している。
(2006年10月2日14時41分 読売新聞)

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「国内で移植を行う医師のほとんどが所属する日本移植学会に所属していなかった」
あたかも無免許運転を見つけたかのような書きようだが,もちろん日本移植学会の学会員以外が臓器移植の手術を行ってもまったく問題ない。学会に入る,入らないは医師個人の自由である。“学会”という知的(?)な響きにだまされてはいけない。不特定多数に利益を還元することを目的とする社団法人となった学会も多いが,所詮“同好の会”で,学会員となるために試験や入会審査などない。臓器移植に興味のない私(どちらかというと,臓器移植の麻酔は嫌いだ)でも,会費さえ払えばいつでも日本移植学会の会員になれる。
それに
>臓器提供者の本人確認や親族関係の確認の具体的な方法は、学会の倫理指針にも定めがなく、チェックのやり方は病院側の判断に委ねられている。

とあるのだから,「学会に属さなかったから,ドナーの本人確認指針を知らなかった」とかではない。

とにかく,移植学会に所属しなくても移植手術を執刀しても問題ないし,移植学会に所属していれば臓器売買を見抜けたわけでもない。

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臓器売買、執刀医「文書の説明・同意なく手術」
 ◆実施した82例すべて
 腎臓移植に絡む臓器売買事件の舞台になった愛媛県宇和島市の宇和島徳洲会病院では、これまでに実施された82例の生体腎移植すべてで、臓器提供者や移植希望者への説明や同意が口頭だけだったことが2日、わかった。手術を担当した泌尿器科部長の万波誠医師(65)が同日午後の記者会見で認めた。提供者や移植患者が納得して手術を受けたのか、文書で検証できない状態。4日には83例目の生体腎移植手術が予定され、貞島博通院長は「早急に方法を改める」と述べたが、万波医師は「必要ない」と主張。現代医療の常識に反する特異な姿勢が浮き彫りになった。
 手術や大きな検査などの前には、患者からインフォームドコンセント(十分な情報提供に基づく同意)を得て、その際の説明内容を盛り込んだ文書に署名してもらうのが通例。
 しかし万波医師によると、2004年4月に着任してから実施した生体腎移植では、提供者にも移植希望者にも説明用の文書は存在せず、手術の同意確認にも文書は用いていなかった。
 口頭の説明では「移植手術が100%成功するとは限らない」「提供者の残った腎臓がダメになると、生命の危険が生じる」などとリスクも伝えたという。
 病院は、別に「承諾書」を患者側から提出してもらっているが、A4判1枚のこの書面は過去の麻酔や輸血の経験などを患者が申告するだけで、手術や検査の種類も記載がなく、移植手術の同意書とは言えない。
 万波医師は「600例以上の移植手術をしてきたが、(自分では)一度も文書で同意をとったことはない。じっくり患者と話し合って信頼関係を築く方が大切で、それで十分だ。医事紛争になった場合に反論の証拠がないというなら、それで結構だ」と説明した。
 万波医師が04年まで勤めた市立宇和島病院では、移植手術の概要などが書かれた患者の同意書が作成されていたが、別のスタッフが担当したとみられる。
 ◆文書残すのは当然 
 大島伸一・国立長寿医療センター総長(日本移植学会副理事長)の話「手術の際にリスクなどを文書に残る形で説明し、文書で承諾を得るのは当然。生体間の移植は健康な人にメスを入れて臓器を摘出する。それでも提供者が望むから、医師は刑法の傷害罪の適用を免れるのだ。今回のようなケースは必ず倫理委員会にかけ、提供意思を第三者などを介して慎重に確認するプロセスを経る必要があった」
(2006年10月03日 読売新聞)

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医療における同意書とは,医師と患者との間でトラブルがあった場合,「治療を始める前に『この治療にはこのようなリスクがある』と説明しましたよね」「いや,そんな話は聞いていない。聞いていたならそんな治療は受けなかった」などの水掛け論を避けるための署名入り文書である。
医療の結果が悪ければ何かとクレームをつけられるこのご時世,どんな簡単な手術でも同意文書は残しておいたほうが賢明だろう。「同意書があっても訴えられるときは訴えられる」などと言う医者もいるが,同意書があったがために訴訟することを断念した患者や家族も多いと思う。同意書にリスクが明記されているにもかかわらず,そのリスクに関することで訴訟になったケースは目立つだろうが,同意書のおかげで訴訟に至らなかった事例は決して表に出ない。同意書は患者のためのものではなく,医者が安心するためのものである。

今年4月の診療報酬制度の改定により,「保険適用の条件として、その施設で行われるすべての手術で、患者に文書を交付して手術内容を説明する」ということになったらしい(私も含め,今回初めて知った人が多いと思う)ので,社会保険事務所から不正請求分の返還を求められるのは仕方ないとして,同意文書の有無と臓器売買は別物だろう。他の医師から「無防備だ。同意書も無しによく手術するな」「患者との信頼関係によほど自信があるのだな」と言われることはあるだろうが,医師の保身のための同意書がないことで,患者や第三者から責められる筋合いはない。

とにかく,手術のリスクや予後について書いてあるだけの同意書を用意したとしても臓器売買は見抜けない。どうせなら,「ドナーとなる私,○△▽■は,レシピエントである◆$&◇の肉親であることに相違ありません」と自筆で署名した誓約書を書いてもらってはどうか。

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執刀医、前の病院でも腎移植545件 倫理委は開かれず
2006年10月03日06時13分
 愛媛県宇和島市の宇和島徳洲会病院であった生体腎移植手術をめぐる臓器売買事件で、執刀医の万波(まんなみ)誠・同病院泌尿器科部長(65)が以前勤務していた病院でも、腎移植の可否を検討する倫理委員会が一度も開かれていなかったことがわかった。万波医師は患者から移植手術の同意書も取っていなかった。県警の宇和島署捜査本部は、こうした病院内のチェック態勢の甘さが事件の背景にあったとみて、すでに万波医師から事情を聴いたほか、事件の全容解明に向けて病院関係者から一斉に事情を聴く方針を固めた。
 捜査本部のこれまでの調べなどでは、万波医師は宇和島徳洲会病院で82例の腎移植を実施しているが、同病院には倫理委員会が設置されていなかったことが、すでに明らかになっている。
 捜査本部や関係者によると、万波医師が同病院に移った04年まで約35年間勤めていた同市立宇和島病院には倫理委員会が設置されていたが、万波医師が77年から実施した計545件の腎移植で、同委員会は一度も開かれていなかった。患者から移植についての同意書も一切、取っていなかったという。
 日本移植学会が示した移植の倫理指針では、親族間の腎移植の場合、倫理委員会の承認を受ける必要性までは明示していない。だが、複数の病院関係者は「あれほど実績がある病院なら設置しているのが常識」と話す。
 過去に手術を受けた患者らによると、万波医師は手術前、口頭で患者や臓器提供者(ドナー)らに手術内容の説明をし、患者からも口頭で同意を得ていたという。
 この日、宇和島徳洲会病院で会見に臨んだ万波医師は「書面による手術の同意は必要ない。患者との信頼関係が大事だ」と強調。本人確認のための書類審査についても、「それだけでは不正は見抜けない」とし、今後も倫理委員会の設置は必要ないとの考えを示した。
 同市立宇和島病院と宇和島徳洲会病院の幹部は腎移植をめぐって、「万波医師に頼りすぎだった」「倫理委員会を設置しようと考えたことはあったが、万波医師が反対すると思ったのでやめた」などと話している。
 捜査本部はすでに、万波医師から手術の経緯などについて事情聴取している。だが、病院組織内の指示系統や審査体制のあり方も調べる必要があるとして、病院幹部や医師、看護師ら病院関係者から事情を聴くことが不可欠と判断した。

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生体腎移植は珍しい手術ではない。
http://www.medi-net.or.jp/tcnet/JST/fact_05/fact05_03.htmlによると

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2004年に腎臓移植を施行した施設は125施設ですが、年間1~4例施行している施設が72施設(57.6%)と過半数以上を占める一方で、20例以上施行した施設は9施設のみであるにもかかわらず、その施設における移植件数は338例(37.6%)となっています。つまり、少ない施設で集中して移植手術が行われていることになります(表3)。
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市立宇和島病院では77年から04までの27年間で545件,宇和島徳洲会病院で2年半で82例件。月に2~3例は生体腎移植を行っている。倫理委員会などと簡単に言ってくれるが,月に何回も外部の有識者を招くなど難しいし,院内の人間だけで構成すればマンネリ化して形式だけのものになるのは目に見えている。それに,万波医師も言っているように,倫理委員会で書面の審査をしたところで臓器売買を見抜くことは不可能だろう。

日本移植学会が定める臓器移植の倫理指針は生体移植のドナーを原則として親族に限っているが,親族の範囲は6親等以内の血族と3親等以内の姻族(配偶者の血族)で,かなり遠い親類まで認められる。また,移植実施機関の倫理委員会が承認すれば親族以外でもドナーになれるという。この倫理指針が抜け穴だらけだ。

このたびの臓器売買では,山下容疑者は松下容疑者を妻,ドナーの女性を義妹と偽っていたが,倫理委員会が承認すれば赤の他人でもドナーになれるのだから,妻の義妹だと偽る必要はない。逆に本当に妻の義妹なら,倫理委員会の承認は必要なくなる。

今後は非血縁者間の生体移植は規制が厳しくなり,配偶者に限られるかもしれない。しかし既に偽装結婚を使った事例もあるという。夫婦らしく振る舞う訓練を積んでいなければすぐにバレるかもしれないが,二人が口裏を合わせてうまく演技すれば偽装結婚を見抜くのは難しい。何しろ本当に入籍するのだから。

生体臓器移植を目的とした偽装結婚請負業が流行るかもしれない。
二人の出会いに始まり結婚式場,新婚旅行先,共通の友人などの架空のデータ,食事や服の好み,血液型はもちろん生まれ年・星座などの実際のデータなどを覚えさせ,医師との面談のシミュレーションなどを行う。二人並んだときによそよそしくなく,そうかといって過度にベタベタしない,自然な夫婦像を演じる訓練をする。そしてもちろん戸籍抄本は本物で,二人が夫婦であることを証明している。男がレシピエントなら臓器代金の一部(前金)は結納として女性に贈られる。臓器移植が無事終了したなら離婚し,代金の残りを慰謝料として女性に渡す。カネのために臓器を売るような女は戸籍が汚れることなど気にしない。

臓器を買いたい人間と売りたい人間がいる以上,臓器売買はなくならないだろう。この違法行為が明るみに出るのは,買った臓器が機能しなかったり,臓器の代金が支払われなかったりしてトラブルとなった場合のみ。

いっそのこと,「非血縁者のドナーは配偶者に限り,しかも結婚(入籍)から一年以上経過した場合に限る」としてはどうか。

腎移植なら,透析の期間が一年延びるだけか。

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