« July 2006 | Main | September 2006 »

August 26, 2006

希少種,絶滅の危機

--------------------------------引用開始---------------------------------

「出産数日本一」の病院、無資格の助産行為で摘発
産後死亡の例、「看護師ら内診」容疑…神奈川県警
 横浜市瀬谷区の産科・婦人科・小児科病院「堀病院」(堀健一院長、病床数77)で、助産師資格のない看護師らが妊婦に「内診」と呼ばれる助産行為をしていた疑いが強まり、神奈川県警生活経済課は24日、保健師助産師看護師法違反の疑いで病院と院長宅など十数か所の捜索を始めた。
 看護師らの助産行為を受けた女性は女児を出産後に死亡していた。助産師不足を理由に、より給与の低い看護師らに助産行為をさせているケースが多くの産院であるとされ、県警は、“氷山の一角”とみて押収したカルテなどを分析し、実態解明を進める。
 調べによると、看護師と准看護師ら数人は2003年12月29日、入院していた女性(当時37歳)に約2時間にわたって、産道に手を入れてお産の進み具合を判断する内診など助産行為をした疑い。女性は名古屋市から実家のある神奈川県大和市に里帰り出産のために帰省し、出産予定日を過ぎた同日、入院していた。
 女性は陣痛促進剤の投与や子宮口に器具を入れるなどの分娩(ぶんべん)誘導処置を受け、長女を出産。直後に多量の出血に見舞われ、大学病院に搬送されたが、約2か月後、多臓器不全で死亡した。女性の死亡と助産行為の因果関係はわかっていない。女児は元気に育っている。
 夫はカルテや分娩記録などの証拠保全を横浜地裁に申請。今年1月、保全手続きが取られている。
 堀病院が昨年1年間に取り扱った出産は2953件。病院のホームページなどで「出産数日本一」と宣伝している。
 病院への捜索は午前7時35分から始まった。病院は通常通りの診療をしており、捜査員約50人は裏口から、複数の班に分かれて次々と病院内に入った。
 堀院長は「助産師が不足しており、分娩室に入る前の内診は看護師にやらせている。支障はないと思うし、ほかの病院でもやっていることだ」と話している。
 保健師助産師看護師法(保助看法) 助産師、看護師、准看護師などの資格や行ってよい業務を定めた法律で、1948年制定。助産師は「助産または保健指導」、看護師は「療養上の世話または診療の補助」、准看護師は「医師または看護師の指示を受けて、看護師の業務を行う」などと定めている。
[解説]助産師“偏在”背景に
 看護師らによる違法な助産行為の背景には、助産師の雇用を巡る問題がある。国内で就業する助産師は約2万6000人おり、国は「総数は足りている」としているが、実際は助産師が公的病院に集中し、個人経営の産院には不足している“偏在”が問題になっている。
 病院と個人経営の産院で扱う分娩(ぶんべん)総数はほぼ同数だが、産院などに雇われている人は18%と少なく、68%が病院で働いている。
 助産師に比べ看護師や准看護師の給与が低いことや「医師には、自分の指示によく従う看護師や准看護師の方が使いやすい」(日本助産師会)という事情がある。日本看護協会の調査では、平均的な助産師の給与が月約39万円なのに対し、看護師は約36万円、准看護師は約33万円と低い。
 国内で深刻化している産科医不足も絡んでいる。日本産婦人科医会などは看護師に内診を認めるよう国に要請しており、「医師不足で疲労困憊(こんぱい)している現場で、看護師が内診できないと廃業者がさらに増える」と主張している。
 また、同医会はかつて、お産の進行度などを診断する「内診」を「単なる計測であり、看護師にもできる『診療の補助』に当たる」と解釈、会員を指導してきた。同医会は1960年代から「産科看護研修学院」という講座を各地で開催、看護師や准看護師らに研修を受けさせ「産科看護師」などと呼んで組織的に内診させていた。
 これに対し厚労省は「内診は出産医療の中核的行為で医師か助産師が行うこと」とし、2002年には「看護師による内診は違法」と都道府県に通知した。(生活情報部・榊原智子、森谷直子)
(2006年8月24日 読売新聞)


--------------------------------引用終了---------------------------------

さて,保健師助産師看護師法を見てみよう。

この法律には「看護師が妊婦の内診をしてはならない」と明記していないどころか,「内診」という用語すら出てこない。

関係ありそうな箇所を抜粋する。

--------------------------------抜粋開始---------------------------------

第1章 総 則
第3条 この法律において「助産師」とは、厚生労働大臣の免許を受けて、助産又は妊婦、じよく婦若しくは新生児の保健指導を行うことを業とする女子をいう。

第5条 この法律において「看護師」とは、厚生労働大臣の免許を受けて、傷病者若しくはじよく婦に対する療養上の世話又は診療の補助を行うことを業とする者をいう。

第4章 業 務 
第30条 助産師でない者は、第3条に規定する業をしてはならない。ただし、医師法(昭和23年法律第201号)の規定に基づいて行う場合は、この限りでない。

第37条 保健師、助産師、看護師又は准看護師は、主治の医師又は歯科医師の指示があつた場合を除くほか、診療機械を使用し、医薬品を授与し、医薬品について指示をしその他医師又は歯科医師が行うのでなければ衛生上危害を生ずるおそれのある行為をしてはならない。ただし、臨時応急の手当をし、又は助産師がへその緒を切り、浣腸を施しその他助産師の業務に当然に付随する行為をする場合は、この限りでない。
 
第38条 助産師は、妊婦、産婦、じよく婦、胎児又は新生児に異常があると認めたときは、医師の診療を求めさせることを要し、自らこれらの者に対して処置をしてはならない。ただし、臨時応急の手当については、この限りでない。
--------------------------------抜粋終了---------------------------------

尚,じょく婦(褥婦)とは,出産を終えた後,全身及び性器が妊娠していないときの状態に回復するまでの期間の女性である。

厚労省は,内診は第3条でいうところの“助産”にあたり,看護師はそれをしてはいけないという解釈。

看護師の内診が違法かどうかは以前より厚労省と日本産婦人科医会とで見解が分かれていた。

http://www.morimoto-sr.ac/deloffice/2004/12/06.html#4


厚労省は平成14年11月には鹿児島県保健福祉部長からの照会に対し,平成16年9月には愛媛県保健福祉部長からの照会に対し,厚生労働省医政局看護課長通知というかたちで,「内診は助産師の業務」と明示した。

これに対し,日本産婦人科医会は「看護課長通知『産婦に対する看護師業務について』に対する要望書」 (日産婦医会発第220号/平成16年10月8日)を厚生労働省医政局長宛に提出。


日本産婦人科医会は陰でこそこそ「看護師に内診させてもいいじゃないか。ふん,現場を知らない厚労省のアホどもが」と言っているのではない。正々堂々と要望書を提出している。それも2年前。

厚労省と日本産婦人科医会で見解が分かれるこのグレーゾーンの領域で,神奈川県警は摘発に踏み切った。グレーゾーンでも摘発しなければならないこともあるだろう。だったら,もっとブラックな領域も摘発すべきだ。

保健師助産師看護師法の第3条と第5条をよく読めばいい。
病気をもった新生児なら“傷病者”と解釈して看護師が扱えるが,健康な赤ちゃんはただの“新生児”として助産師が看なくてはならない。そう,看護師は元気な赤ちゃんの看護をしてはならないのである。お産を扱うすべての施設が違法行為を行っている。それとも,「健康な赤ちゃんなら誰が看ても構わない」という看護課長通知でもあったか。

それにしても,産科医は気の毒だ。

例えは悪いかもしれないが,希少種-野生動物なら国あげて手厚く保護されるだろうに。

やはり根底には,「お産は安全」「出産で死人が出るのはおかしいだろ」という誤った先入観があるのだろう。産科は門外漢だが,看護師の内診と分娩後の大量出血が直接関係あるとは思えない。神奈川県警は母親の死を医療ミスとして立件したいがために,本来どうでもいい看護師の内診を利用したのだろうが,これが全国に及ぼす影響を考慮したのか。

| | TrackBack (5)

August 24, 2006

水は怖い

子供らの夏休みもあとわずか。夜のニュースで「今日は各地で水の事故が相次ぎました」と流れる季節も終わる。レジャーとしてプールに行く人よりも海や川へ行く人のほうが圧倒的に多いのを考慮しても,海や川での水難事故の数はプールの比ではない。

もちろんプールなら安心とは言えない。監視員がいるはずの公営プールでの事故も記憶に新しい。スイミングスクールでのレッスン中に溺死したという事故も過去にないわけではない。


大学病院などでは他の診療科から麻酔科に半年ほどローテートしてくる医師が多い。既に医師としての経験が数年間あるためか飲み込みも早く,ローテート期間を終える頃には挿管に失敗することも少なくなり,麻酔に関して自信満々となる者もいる。

わずか6か月の麻酔科研修で全身麻酔に自信を得た外科系医師がその後,どうしているのか知らない。常勤麻酔科医がいない病院では麻酔を担当させられているのかもしれない。本人は自信満々なので「怖い」という意識はないだろう。それに,外科にしても整形外科にしても同じ診療科の医師が麻酔を担当するのだから,麻酔で何かあればその科の医師全員が協力してことにあたるはずだ。孤立無援にならないだけましか。

半年間の麻酔科ローテートは室内温水プールでのスイミングスクールみたいなもの。
インストラクターがそばにいて,プールの真ん中で立っても水深は胸の高さ。途中で疲れたら立てばよい。まわりに仲間も多くいる。照明は明るく水も澄んでいて,あとどれくらいでゴールなのか容易にわかる。

一方,中小の病院においてひとりで麻酔をかけるのは,自然の河川を泳ぐのに似ている。
室内温水プールの端から端まで25mを泳げるからといって,幅が25mの河川を夜間に一人で泳がせるのは危険だ。河は深く,途中で立つことはできない。流れは急で望む方向に進めない。暗くて目標が見えず,どこまで進んだかわからない。水のなかには危険な生物が潜んでいるかもしれない。水は冷たく,体温を奪っていく。何より,インストラクターも仲間もいない。

初めてまったくひとりで麻酔をかけたとき-手術室に医者は複数いるが,麻酔科医は自分だけ。まさに夜の河を単身泳ぎ渡るような心細さがあった。

麻酔科ローテート中に医師生命が脅かされるような目にあった外科医も少なくないだろう。そんな医師は,プールで溺れそうになった子供が水を怖がるように,二度と麻酔器に触れようとしないかもしれない。しかしその医師が麻酔をしなければ,危なっかしい麻酔をかけられる患者が減ることになる。

田舎の病院で得意げに麻酔をしたがる外科医と,麻酔を怖がる外科医。今の日本の医療にとってどちらが有り難いか。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

August 19, 2006

産科一人医長のライセンス

-------------------------引用開始-------------------------------------------

東北大病院「総合産科医」養成ヘ 緊急時の対応習得

 全国的に産科医不足が深刻化する中で東北大病院(仙台市青葉区)は、小児科と麻酔科に関する知識や技術も備えた産科医「総合周産期実践医(GPP)」の養成に乗り出す。妊娠から出産、新生児期まで母子の健康をカバー、緊急時にも対応できる専門医として、診療科目の枠を超えた人材の育成を目指す。

 研修医が専門技術を身に付ける後期臨床研修(3年)に、GPPのコースを設ける。本年度中に研修プログラムを作り、2007年度から本格始動させる。

 大学病院だけでなく、仙台市内の協力病院の産科、麻酔科、新生児集中治療室(NICU)で研修。新生児の蘇生(そせい)や麻酔時の全身管理などに幅広く対処できる技術を習得する。

 大規模な病院では「周産期母子センター」を設け、産科医と小児科医、麻酔科医が連携して母親や胎児、新生児の異常に対応する体制を整えているが、東北では仙台赤十字病院など仙台市内に3カ所ある宮城県以外は、各県とも1カ所程度しかないのが実情だ。

 センターを設置している病院でも各診療科の医師は慢性的に不足気味。都市部を除く地方では産科医が1人の病院も多く、異常分娩(ぶんべん)など緊急時の対応が課題となっている。

 東北大医学部の岡村州博教授(周産期医学)は「医師が足りない地方で一刻を争うような事態になったときに応急処置ができ、必要に応じて他の病院へ搬送する判断力を持った医師を育てたい。中堅医師の応募も受け入れたい」と話している。

(河北新報)
-------------------------引用終了-------------------------------------------


どこまでも,産科を一人医長でさせたいらしい。

大野病院のあの一件では,手術室には麻酔科医もいた。循環管理に専念できる麻酔科医がいたにもかかわらず,母親を救命できなかった。麻酔科医が悪いといっているのではない。私も含め,多くの麻酔科医が「自分があそこにいてもダメだっただろう」と思うはずだ。麻酔科医は魔術師ではない。シルクハットからMAPを出せない。

小児科や麻酔科の研修をどれくらいの期間で行うのか知らないが,仮に小児科と麻酔科に関する知識や技術も備えた産科医「総合周産期実践医(GPP)」を養成したとして,どのような運用をするつもりか。

麻酔科医がいる病院でさえ,産科一人医長は過酷で危険な勤務を強いられている。GPPというライセンスを得たなら,「麻酔科の知識や技術も備えているのだから,麻酔科医のいない病院でも一人医長としてやっていけるね。NICUで研修したから,未熟児でも大丈夫だね」ということか。

大学としては,産科医不足に対して一応は“対策を講じているフリ”をしないといけないのだろうが,ただでさえ少ない産科医なのに,その負担と責任をさらに重くしようとしているようにしか見えない。

| | Comments (6) | TrackBack (0)

August 14, 2006

医師不足

医師不足:総数増加も地域・科で格差拡大

『医師の総数は足りている。偏在しているだけ』
もしこれが事実なら,医師不足の地域・診療科が存在する一方,医師が余っている地域・診療科がでてくるはずだ。
都会で仕事にあぶれた医師が多く発生したとして,彼らが医師を続けるなら医師不足の地域に行かざるを得ないだろう。しかし,そのような話はあまり聞かない。「医師の絶対数が,お話にならないほど足りていない」と正直に認めたらどうか。

それにしても“「楽な職場」探す若手”のあたりを読むと,非医療業界の方々の反応が容易に想像できる。

「根性がない」
「甘えている」
「身勝手だ」
「つらい仕事がいやなら,最初から医者になるな」
「医者よりつらい仕事はいくらでもある」
「一般企業に勤めても,不本意な部署や支店に異動させられる。医者が僻地や小児科を嫌うなどけしからん」
「医者が金のことを言うな。医は仁術だろ」

>「根性がない」「甘えている」「身勝手だ」
大野病院の産科医は,自分の出来る限りの努力をして胎児を救ったにもかかわらず,母親を助けられなかったために逮捕されてしまった。一年365日24時間オンコールで滅私奉公しても,結果が悪ければ民事訴訟のみならず刑事訴追を受けてしまう。前にも書いたが,消防士が火事の鎮火に失敗して逮捕されるのと同じだ。そんな危ない仕事を避けようとする者に「根性がない」「身勝手だ」などと言えるだろうか。医者は多くの一般サラリーマンや公務員と同じく,少年時代に補導歴もない善良な一般市民である。893じゃあるまいし,毎日従事している業務において結果次第では警察に逮捕されるなど,はっきり言って「やってられない」。

>「つらい仕事がいやなら,最初から医者になるな」
今の研修医が大学を受験する頃,すなわち7~8年前は今ほどの医者バッシングはなかったし,勤務医の激務や刑事訴追が話題になることも少なかった。現在,医者になったことを後悔している研修医も多いだろう。だが,医学部受験生は減るどころか増えているらしい。医学部を目指そうかという高校生は勉強に忙しく,新聞やネットを見るヒマがないのかもしれない。私の周りには「自分のこどもは医者にはさせない」と断言している医師が多い。

>「医者よりつらい仕事はいくらでもある」
連続36時間勤務が毎週定期的に組み込まれている職種は,医師以外には少ないと思う。36時間と聞いてもピンと来ない人もいるだろう。朝から普通に働いて夕方から当直になり,夜間は入院患者の容体変化や救急外来での処置などに忙殺され一睡もできなくても,翌朝から通常業務に入り,その日の20時頃にやっと帰宅。これで約36時間連続勤務となる。
旅客機が墜落し,航空会社の職員が徹夜で応対するなどという,数十年に一度のアクシデントではない。毎週(週に複数回もまれではない)のルーチンワークなのである。それもごく一部の病院の話ではなく,全国の病院で当然のように連日行われている。
確かに肉体的につらい仕事は他にもあるかもしれないが,結果が悪ければ刑事訴追を受ける危険性を考慮すると,「医者よりつらい仕事はいくらでもある」とは容易に言えないと思う。

>「一般企業に勤めても,不本意な部署や支店に異動させられる。医者が僻地や小児科をいやがるなどけしからん」
例えば県立病院の勤務医もナースも検査技師も県の職員である。その県に複数ある県立病院が上の苦言の支店に相当し,他の県立病院への異動を医師が拒んだ場合,上の言い分があてはまるだろう。そのようなことを言っているのではない。
○○町という僻地に○○町立病院があったとする。その町とは縁もゆかりもない都会の医師に向かって「都会を離れて○○町で働け」と言うのは,都会の大企業で働く人に「田舎の中小企業で働け」というのと同じである。それも出向でもなんでもなく,単に田舎の中小企業が人手不足という理由だけで。
忘れてはならないのは,一般企業の従業員が会社から不本意な異動を命じられた場合,従業員がその異動にどうしても我慢できないなら,その会社を辞めるという選択肢がある。従業員は会社の奴隷ではない。同じように医者に僻地を忌避する自由があったとしても,バチはあたらないだろう。「医者は手に職があるから簡単に辞めると言えるが,サラリーマンはそうではない」と言われても困る。「手に職があれば食うに困らない」は大昔から言われている。手に職をつけなかった自分,会社にとって不可欠ではない自分,あるいは会社を責めるべきだろう。

医師は専門職である。各診療科でのエキスパートになるのに何年もかかる。ある病院の産科医が不足しているからといって,その病院の眼科医にお産を任せることなどできない。一般企業において工学部出身の熟練技術者を営業に異動させることがあるのかどうか知らないが,その場合でも従業員に“辞める自由”はあるだろう。今後の進路を決めあぐねている研修医に小児科や産科に進んで欲しいのはわかるとしても,強制するのはいかがなものか。現在の小児科,産科,救急は重労働のあげく刑事訴追の危険性が高い。望んで進んだわけではない診療科で,それでも滅私奉公したあげく,不可抗力の合併症で書類送検されたのでは目も当てられない。

>「医者が金のことを言うな。医は仁術だろ」
公立病院の勤務医の給料が労働に見合っていないのは何も今に始まったことではない。同じ高校を卒業しても,医学部以外の大学を卒業して有名企業に就職した連中のほうが公立病院勤務医よりも生涯賃金が高い-これは昔からよく言われてきた。しかし,給料の不満は家族や仲間内にときどき漏らす程度だった。給料が少なくても,他に勤労意欲を高めてくれるものがあった。病気が治ると患者は感謝してくれたし,敬ってくれた。その頃なら医は仁術にもなりえた。今は「医者が患者を治すのは当たり前。感謝する必要はない」「病気が治らないのは医者が悪い」「合併症は医療ミス」「入院中に死亡するなんておかしいだろ」「夜間でも昼間と同じ検査をしろ」「外来でこんなに待たすな」「こっちの望む治療をしろ」「何かあったら承知しないぞ」の世界。最初から医者を敵視しつつ,完璧な医療を要求するDQNの話には事欠かない。医者を尊敬しろとまでは言わない。尊敬しなくていいから,超能力者扱いもやめて欲しい。医療などまだまだ未開の分野。「病院に行けば身体の問題はすべて完全に解決する。元どおりの身体になるのが当たり前」というのは幻想に近い。
この幻想は患者ばかりか,警察・司法・マスコミにもある。不可抗力でも結果責任を問われ,衆人環視のなかで手錠をかけられ,それがTVで放映されることもある。医者が「使命感」や「やりがい」というモチベーションを維持するのは難しくなってきた。DQNの相手をする精神的負担,民事での賠償や犯罪者扱いされる危険性に対し,その代価として時間かマネーを求めるのは当然の成り行きだろう。

| | TrackBack (1)

August 04, 2006

慣れないオペは

-----------------------引用開始-----------------------------------

<手術ミス>執刀医の「経験不足」で死亡? 水戸の病院

 水戸済生会総合病院(水戸市)で04年、茨城県鉾田市の私立高3年の少年(当時18歳)が、難度の高い心臓手術を受けた2日後に死亡していたことがわかった。より安全で一般的な手術方法もあり、茨城県警の依頼を受けた医療専門家は「執刀医の経験不足で引き起こされた」との意見書を提出。県警は業務上過失致死の疑いがあるとみて捜査している。
 亡くなったのは同市上沢、プロパンガス販売業、石津洋さん(51)の長男、圭一郎さん。圭一郎さんは大動脈弁が正常に閉まらず、心臓に血液が逆流する「大動脈弁閉鎖不全症」で、04年7月に同病院に入院。同26日に心臓外科医の執刀で、本人の正常な肺動脈弁を大動脈弁に移植し、肺動脈弁に人工弁などを取り付ける「ロス手術」を受けたが、28日に多臓器不全で死亡した。
 同症の手術では、大動脈弁に人工弁を取り付ける方法が一般的だが、ロス手術は血液を固まりにくくする薬を飲まなくて済むなどの利点がある。だがロス手術は国内で実施例が少ない難手術で、県警が依頼した専門家は「未熟な技能と乏しい経験の執刀医によって強行された結果、起こるべくして起こった」と批判している。
 同病院の早野信也院長は「警察が捜査しており、現段階ではコメントできない」と話した。【三木幸治、山本将克】

-----------------------引用終了-----------------------------------

なんと気の毒な。少年のご家族には心からお悔やみ申し上げる。

情報が限られているし,まだ捜査の段階なので不用意なコメントは控える。ただ,担当の心臓外科医が仮に逮捕や書類送検されても,福島県の産科医のような支援の輪が広がることはないような気がする。

各社のニュース記事から,誰もが「未熟な医師が無謀な手術をした,慈恵医大青戸病院のラパロ前立腺と同じだ」という印象を受けるだろう。しかし,報道はいつも患者よりなので何とも言えない。

私個人の経験として,術後に外科医が「慣れないオペはするものではないね」とつぶやくのを何回か聞いたことがある。同じ術者ではなく,相応の経験を積んだ医師たちだ。大量輸血等によって何とか助かったPtもいたが,ほとんどはステった。それも術式名に人名のついた珍しい手術ではなく,エソKや肝切,肺切などであった。

麻酔科医を長年やっていて,「医師免許さえあれば誰がどんな手術を行っても構わない」という制度には問題があると思っていた。もちろん,やれる自信のない手術を自らやろうとするバカはいない。自信と実力に差がある場合に不幸な結果が生じる。これは手術に限らず,すべての医療行為に言える。

腹部外科を例に挙げてみよう。

最近は大きな病院では上部消化管外科,下部消化管外科,肝胆膵外科等に分かれているところも多いが,昔はすべて消化器外科とされ,いまでも地方の病院ではひとつの診療科(外科)が消化管のみならずマンマも甲状腺も肺も手術している。それほど田舎でなくても,「胆摘や胃切,腸切は毎週行っているがエソKや肝切はめったにしない」という外科医は多いだろう。

そして,内科からの紹介でなく,外科医自身でエソKを見つけると…。

ここからは私の想像(エソKの標準的な治療指針とかは知らないので,その点はご容赦を)

外科医A「ここの内科はエソKを見つけるとすぐに○○病院へ送る。この症例も内科が見つけたなら即○○行きだったろうな。あそこは最近オペせずにケモラジばかりだが,それはオペが下手だからだ。あそこの外科に△▽先生がいた頃はオペの成績も良かった。あの先生は厳しかったなあ。俺もよくしごかれた」

外科医B「この症例はオペが難しくないのではないですか?」

外科医A「そうだなあ。若いし合併症もないし,オペのリスクは低いな」

外科医B「ウチでオペしませんか?」

外科医A「ケモラジのほうが成績いいとは限らないしな。病巣を完全に取り去るにはオペが一番だよな」

外科医B「ウチは肺切もときどきしているので,開胸にも慣れています。大丈夫ですよ」

外科医A「そうだな,久しぶりにやってみるか。内科には一応内緒だぞ」

想像ついでに追加すると,これは一部の極悪非道な医者の例ではない。日夜を問わずよく働き,手術の腕も良く,周囲からの信望も厚い人たちである。腕に自信があると,難度がひとつ上のオペをしたがるのが外科医のサガなのかもしれない。

麻酔科の場合はどうか?

麻酔科も新しい手技に挑戦したがる。例えばラリマとかトラキライトなどの気道確保。初めてラリマを試みたとき,周りにこれの熟練者などおらず,話に聞いていた通りにこわごわ挿入した。ずいぶん昔の話なので記憶が曖昧だが,確か2回トライしてダメならいつもの喉頭鏡で気管挿管にしようと決めていたと思う。トラキライトも同じ。今,麻酔科医の間では新しい挿管器具のAirtraqやAirway Scopeが話題になっているが,これらに初挑戦するときも同じだろう。これらの初挑戦は失敗しても,慣れた方法に戻ることができる。

気道確保以外では,TIVAなどの麻酔方法か。初めてTIVAに挑戦したときは術後なかなか醒めなかったが,Ptの予後が悪くなるわけではない。浅いTIVAで術中覚醒があったなら米国では訴えられるかもしれないが,医師を逮捕したがる日本の警察も刑事責任(PTSDで業務上過失傷害?)を問うことはないだろう。

外科医がいったん始めてしまった手術は後戻りができない。上の例のように,メタや合併症がなく「条件の良い」症例を選んだ場合,執刀直後でのインオペはあり得ない。「あれ? こんなはずでは…。意外とここは難しいな」が連続し,徐々に危険水域に入っていく。Ptは手術室あるいはICUでステり,外科医は「やはり慣れないオペはするものではないね」とつぶやく。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

« July 2006 | Main | September 2006 »