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July 25, 2006

ドナーへのエピドラ

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夫へ生体肝移植、ドナーの妻両足マヒ…群大で投薬ミス

 前橋市の群馬大医学部付属病院(森下靖雄院長)で昨年11月、夫に生体肝移植を行うため、肝臓の一部切除手術を受けた群馬県内の50歳代の女性に、投薬ミスから両足マヒの後遺症が残ったことが24日、わかった。

 厚生労働省によると、生体肝移植で手術ミスにより臓器提供者(ドナー)が後遺症になったのは初めて。同病院では当面、生体肝移植を見合わせるという。

 病院の説明によると、30歳代の男性執刀医は、女性の体質などから血栓症を起こす可能性が高いと判断し、血液を凝固しにくくする薬剤「ヘパリン」を運用指針の3~5倍の量を投与するよう看護師に指示。このため、麻酔用のカテーテルを挿入した際に脊髄(せきずい)付近で多量の出血があり、血腫(けっしゅ)ができた。この血腫が脊髄を圧迫し、神経を損傷。女性は半年間リハビリを続けたが、両足マヒは回復しなかった。

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ドナーへのエピドラは難しい。技術的な問題ではない。

愛する身内のために自らの臓器を差し出す,どこも悪くないのにメスが入れられる,健康なのに意識を消失させられ,気管挿管も。肝臓をとられすぎて死亡したドナーもいる。

「そんな尊いドナーだからこそ術後は痛がらせてはいけないので,エピドラは必須」
「いや,エピドラのリスクも考慮するべき」
「エピドラを入れた方が術後痛が少なく,早期離床がはかれるのでDVT予防になる」
「エピドラを入れない開腹手術も多いではないか。術後はフェンタニル持続静注とNSAIDで十分鎮痛できる」

いろいろな考え方があるだろう。

エピドラの合併症は何も硬膜外血腫だけではない。硬膜外針での脊髄や神経根の直接損傷,硬膜外膿瘍による脊髄圧迫,脊髄梗塞,化膿性脊椎炎,カテーテルの血管内迷入による局麻中毒,カテーテルのくも膜下迷入による全脊麻…。

群馬大学の件ではヘパリンを明らかに過剰投与したという事実があり,血腫除去手術で実際に血腫が確認されたのであろうから,麻酔科医が責任を問われることはないと考えられる。しかし,これが血腫でなくで膿瘍や脊髄梗塞だったならどうなるか。間違いなく麻酔科医の罪が問われるだろう。麻酔の同意書にエピドラの危険性がめいっぱい明記されていたとしても,気の毒なドナーには何らかの補償がされねばならない。今の日本で補償を受けるには誰かに過失がなければならない。「じゃ,誰に過失? エピドラ入れたのだーれ?」となる。

いつか「下肢の手術にエピドラは禁忌」と書いたが,そろそろすべての手術でエピドラは全面廃止だな。

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July 24, 2006

DQNと麻酔科

私はDQN Ptが嫌いである。おそらくこれを好きな医者はいないだろう。
DQN Ptとの接近遭遇に関しては,幸いなことに麻酔科は少し恵まれている。

ペインクリニックは別として,麻酔科医は診断書を書く機会がほとんどない。私は一般的な診断書も保険会社への提出書類も書いたことがない。診断書はPtの利害に直結するものなので,DQN Ptとトラブルになりやすい。診断書に関与しないというだけで,DQN Ptに晒される危険性は低くなる。

同じくペインクリニックは別として,麻酔科医は外来診察をしない。歩けるPtを対象に術前診を外来で行っている施設も多いが,それは既に手術予定が組まれている入院Ptである。一般的な外来のように,事前情報の全くない初診Ptを診ることはない。もちろん手術を受けるPtのなかにもDQNは存在するが,こちらとしては術前に麻酔の説明をするだけなので,怒りの閾値が低いDQNといえども怒るきっかけを見つけることは難しいだろう。また,麻酔科と外科との関係が良好なら,要注意のPtに関しては外科側がこちらに警告してくれる。

そして,麻酔科医が腕を振るっている間,Ptに意識はない。麻酔導入後,太い静脈ラインやAラインの確保に失敗しても,経鼻胃管で鼻出血しても,Ptは意識がないので怒れない。

一時期,自分が麻酔科を選択したのは生涯最大のミステークだと後悔していた頃があるが,いろいろなところでDQN Ptの実態を見聞きするにつれ,麻酔科は悪くない選択だったと思うようになった。

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July 15, 2006

緊急手術歓迎

某月某日

私の契約先は午後からの手術が多いのだが,早寝早起きを心がけている私が珍しく夜更かしした日に限って午前中から手術をしてくれる。もちろん手術予定は前から決まっているので,それを知っていて夜更かしした私が悪いのだが。やはりあのようなイベントは時差のないところでやってほしい。

おまけにPtが季節外れの風邪で1例が手術延期となり,他の手術は術者が同じのため並列にはならず,長めの手術が直列になってしまった。症例が減ったのは寝不足の身に有り難いはずだが,そうでもない。その日の他の手術は出血が多いわけではなく,合併症もなかった。これも有り難いはずだが,麻酔科としては退屈きわまりない。血行動態も安定し,導入・覚醒時以外はほとんどすることがなく,ただ睡魔との戦いがあるだけだった。仕事中に居眠りしないのが自慢の私としては,あくびをかみ殺すところも見せたくない。イスに座るとまぶたが閉じそうになるので終始室内をウロウロ歩き回っていた。

退屈な手術が直列というのは最悪である。時間の流れが遅く感じられる。夜遅くまで働いても充実感が乏しい。

単調な麻酔をかけていると,つい「短時間で終わるような緊急手術が来ないかな」と思ってしまう。

緊急開腹術にクラッシュ挿管などでバタバタし,血圧低下に大量輸液やカテコラミンで対処,血行動態がやっと落ち着いた頃に手術が無事完了,抜管も出来てヤレヤレ。そして元の退屈な部屋に戻ると皮下の縫合にかかっている。などと勝手なシナリオを描いてしまう。

それにしても,緊急手術を望むなんて勤務医時代には到底考えられなかった。

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July 07, 2006

七夕

この時節,病棟に笹が飾られることが多い。

何年か前のこと。
ある病院の小児病棟の笹に子供たちが自分で書いた短冊が結ばれていた。たどたどしい字で「アイスクリームが食べたい」「電車に乗ってみたい」「外で遊びたい」。健康な子供なら簡単にかなえられる願い事が書かれていた。

その日以来,七夕の季節になっても病棟に置いてある笹の短冊は,特に小児病棟ではなるべく見ないようにしている。

あの子たちの願いはかなえられただろうかと,今でもふと思うことがある。

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July 01, 2006

もっとゆっくり縫ってくれ

某月某日

開腹手術の麻酔をかけていた。もうすぐ隣の部屋で別の手術の麻酔導入が始まる。しばらくこの部屋に戻れないので,バッキングが起こらないよう筋弛緩薬を追加した。手術は消化管を吻合しているところだったが,まだもう一箇所吻合が残っているはずだ。そこで,マスキュラックスをやや多めに入れた。

隣の部屋での麻酔導入はスムーズで,30分もたたないうちに戻ることができた。術野を見て驚いた。腹腔内洗浄をしながら,術者が「ドレーン出して」と言っている。さっきのが最後の吻合箇所だったのだ。

まずい。筋弛緩が残存する。
いや,まてよ。閉腹は研修医の練習モードなので,時間がかかるはずだ。最近来たばかりの研修医はとても手が遅い。そう思いながらその研修医を見ると,「では,そろそろ」と言いながら術野から離れ,手袋を脱ぎはじめた。
外科のオーベンは「そうか,大学に行くんだったな。○○先生によろしくな」と言いながら,慣れた手つきで閉腹にとりかかった。助手のチューベンも手早く針を進めている。いつもは研修医を指導しながらダラダラと閉腹し,こちらをイライラさせてくれるが,そのイライラは外科医側にもあったのかもしれない。いつもの鬱憤をはらすかのように,猛スピードで縫っている。「俺たちが本気出せば,こんなに早く閉腹できるんだぜ」と言わんばかりに。

あっという間に皮膚も縫合され,手術が終了した。案の定,気管内を吸引してもピクリとも体動がない。

こういう時は正直が一番。

私は「すみません。筋弛緩薬を多めに入れてしまいました。抜管まで時間がかかると思います。お茶でも飲んできてください」と外科医たちに言った。

その患者のそばにいると時間がなかなか進んでくれない。手術がこの症例だけだと,私はこの場を離れる理由がなく,針のムシロである。しかし,並列なので「隣の部屋の麻酔も見なくてはならない」という口実がある。20分ほどふたつの部屋を行き来しているうちに,弱いながらもバッキングが見られた。やがて自発呼吸も出て来たため,リバースし無事抜管できた。吻合箇所の勘違いがあったものの,いつものように研修医がゆっくり縫っていたなら抜管が遅れることはなかっただろう。

筋弛緩モニターがあればこんな目にあわないだろうか。筋弛緩をモニターできていても,別室で麻酔導入を始める前には充分量のマスキュラックスを追加するだろうし,“研修医による縫合”という律速段階が急にカットされたらどうしようもない。手術終了予定時刻を見誤るのだから。

それにしても,並列麻酔のおかげで針のムシロの時間が短くてすんだ。

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