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March 14, 2006

産婦人科医逮捕3

福島県の産婦人科医が起訴されて4日がたつ。少しは冷静になれるかと思ったが,やはり腹の虫が治まらない。

起訴された3月10日には滋賀県で園児二人を殺害した女性も起訴されている。

5歳のいたいけな幼児二人を「殺そうと思って刺した」人間と,予期せぬ大量出血の中で何とか母体を救おうと奮闘努力した人間が同じ扱いか?
包丁を用意し,人気のない場所で何カ所も刺して用水路に捨てた人間と,胎児だけでも救った人間とが同じカテゴリーか?

「慈恵医大青戸病院の件と似ている」だと?
癒着胎盤らしいことが判明したとき,K医師に興味や功名心がわき起こったとでも言うのか。
青戸の泌尿器科医がラパロにこだわったのと,K医師が当初子宮温存に努力したのとは同じか?

非医療従事者は「同業者をかばっている」と言いたいだろうが,青戸の件では支援の輪は今回ほど広がらなかったではないか。褒められたことではないが,医者は「自分(の科)が一番偉い」と思いがちで,他の診療科のことを馬鹿にしたり嫌ったりする。従来は他科の医師が書類送検されたりしても「バカなことをするから。これだから○○科は…」と冷ややかな態度をとることが多かった。それが今回はどうだ。私をはじめ,様々な診療科の医師が怒りの声を上げている。産婦人科のみならず,診療科を超えて支援の輪が広がっている。

だれかがどこかで「火事を鎮火できなかった消防士が逮捕されたようなもの」と書いていた。
乱暴な例えだがわかりやすい。

離れ(子宮)と母屋(母体)からなる家屋で,離れから火が上がった。かけつけた消防士(産婦人科医)が火を消そうとしたら,離れには非常に珍しい爆発性物質(胎盤癒着)が存在していた。その物質に引火し大爆発(大出血)が発生。用意していた消火剤(血液製剤)では足らず,追加の消火剤を要請したが消防本部(血液センター)は遠く,なかなか届かない。応援の消防士もいない。そしてとうとう離れだけでなく,母屋も全焼した。ただし,離れにあった家宝(胎児)だけは何とか無傷で運び出せた。その地区でひとりしかいない消防士は夜も昼もなく働かされて,非番の日はなかった。

そして後日,誰かがこう言う。「離れの消火にこだわらず,離れと母屋の間を遮断して母屋の類焼を防ぐべきだった」「爆発性物質の存在は予見できた。充分な消火剤を持って行くべきだった」「もうひとり熟練した消防士を連れて行くべきだった」「消火の最中,母屋の家主(家族)に状況説明するべきだった」

そして火事から14か月後,消火のしかたが適切でなかった,届け出がなかったという理由で消防士が逮捕された。家族の目の前で手錠をかけられ,報道陣にさらされながら。家宝を救ったことは評価されない。

「消防士がいれば必ず消火できるはず。消火できなかったのは消防士がミスしたからに違いない」
どんなに懸命に消火活動を行っても,全焼するとその結果責任を問われる。このような環境では消防士は怖くて働けない。

その地区にひとりしかいない消防士はこう考えるだろう。「どんなに小さなボヤでも何かに引火して大火事になるかもしれないので,すべて大きな消防署に通報してくれ。俺一人で消火できなかったら逮捕されるのだから」

「胎盤を剪刀ではがす行為はかえって出血量を増やした。消防士なら火に油を注ぐ行為」と突っ込む人もいるかもしれない。火勢が増すことを望む消防士がいないように,出血がよりひどくなることを望む医者はいない。あの状況では用手剥離よりも剪刀を使った方がベターとK医師が判断した。その判断が,衆人環視の前で逮捕までされるほどの最悪の選択だったのか? 最後まで用手剥離にこだわっていたなら,母体の死亡時刻はもっと早かった可能性もある。

とにかく,一刻も早く保釈され,拘留中に誕生した我が子を抱けることを心より願う次第である。

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March 10, 2006

1件いくらとかで請け負って

某大学の整形外科教授がHPの日記風コラムに以下のようなことを書いている。

----------------------引用開始------------------------------------
残念ながら現在の麻酔医は絶対数が不足し、少しでも条件が良い病院にどんどん移っているようですし、中には麻酔医不足を楯に開業し、1件いくらとかで請け負って麻酔をかけている人もいるようです。それも法外の料金を請求しているという話もあり、何で医者になったのか、何で麻酔科を選んだのか、そんな事で将来どうなると思っているのか、私には理解できません。
----------------------引用終了------------------------------------

写真・実名を晒しているHPの記事に対し,匿名で文句を書くのはアンフェアなのでリンクは張らないでおく。リンクしなくてもアンフェアだろうが,やはり我慢できない。
“麻酔医”と表記しているのも気に入らないが,それはさておき。

整形外科だって開業するではないか。開業医が保険点数1点につき10円という歩合制で報酬を得るのは構わないが,麻酔科医が手術1件いくらという歩合制で報酬を得ると「何で麻酔科を選んだのか」とまで言われるのか。
麻酔科には保険診療報酬の直接請求権が認められていないので,手術麻酔専門の医院を開業したとしても報酬に関しては各病院と交渉して決めるしかない。この教授はすべての診療科の開業を否定するのか?それとも麻酔科だけが開業してはならないのか?出張麻酔では地域医療に貢献しないとでも?

いったい,法外な料金とはどれくらいのことを指すのか。出張(バイト)麻酔は最近始まったものではなく,古くから行われている。したがってその地域で継承されている相場というものがある。私の地域では麻酔の保険診療報酬の70~90%ぐらいが多いようだ。噂では日本のどこかで120%というのも聞いたことはあるが,私の周りでは100%貰っている人もいない。手術の種類や時間によらず1件あたり5万円というのも聞いたことがあるが,これは「法外に安い報酬」である。麻酔時間2時間以内の全麻で,腹臥位やエピドラなどのオプションがまったくつかない,いわゆる基本料金的な保険点数は6,100点,つまり61,000円である。分離換気+エピドラの肺切では麻酔だけの保険診療報酬が20万円近くになることがある。一律5万円では勤労意欲を失ってしまう。

ひとりの麻酔科医が1日に麻酔をかけられる件数は限られる。1日に全麻を10件以上かけたという話はまれに聞くが,20件こなした人はいないだろう。開業麻酔科医が奴隷勤務医時代と同じペースで働いたとしても,繁盛している一般開業医ほどは稼げない。
なのに,1件いくらとかで請け負って麻酔をかける行為が,「何で医者になったのか」と言われるぐらいひどいことなのか?

「麻酔医不足を楯に開業」することが気に入らないのだろうか。では,医師不足がクローズアップされている産婦人科や小児科が開業してもやはり「産婦人科不足を楯に開業」「小児科医不足を楯に開業」したことを非難するのか。

今まで存在しなかった開業麻酔科医が出現したからといって,一般市民ならともかく,開業麻酔科医の恩恵を受けることの多い整形外科医にこのような八つ当たり的非難を受けるとは思わなかった。

この教授は記事の最後に以下のように書いている。

----------------------引用開始------------------------------------
そうでなければアメリカでは既に行っている「麻酔看護師」の養成を国に一刻も早く決めて頂くしかありません。麻酔科学会が現在のまま、並列麻酔を拒否し、「麻酔看護師」制度に反対を続けるのであれば、私としては優秀な看護師さんに麻酔の勉強をある程度して頂き「麻酔看護師」になってもらう方が現在の問題解決になると考えています。
----------------------引用終了------------------------------------

並列麻酔や麻酔看護師に関しては麻酔科医のなかでも賛否両論があるので,ここではその是非には触れない。

この教授は麻酔科学会が並列麻酔を拒否しているのを快く思っていない,つまり麻酔科医に並列麻酔をして欲しいと願っている。だったら,開業麻酔科医の存在を非難するのは矛盾している。

少なくとも私が知っている開業(バイト含む)麻酔科医は並列を拒否しない。1件いくらの歩合制で働く限り,同じ件数を麻酔するなら並列のほうが仕事が早く終わる。
勤務医の場合も並列なら仕事は早く片付くだろうが,並列で忙しい思いをしても収入には反映されない。麻酔科学会が並列麻酔を否定しているのは常勤医の過剰労働を防ぐためと,私は解釈している。常勤医がいったん始めてしまった,並列がルーチンのシステムを「忙しすぎるので,来月から全例直列で手術予定を組むことにします」とは言いにくい。ましてや自分の前任者,いやずっと前から並列が当たり前だったような病院ではなおさらである。しかし日本麻酔科学会が並列禁止を唱えてくれると心強い。麻酔科医の書類送検が相次ぐ中,医局会で「日本麻酔科学会もするなと言っていることですし,並列で麻酔するのはそろそろやめるべき頃かと」と言えばよい。

大学病院の麻酔科医は週に1回程度のバイト麻酔をしているが,バイトでは並列していることが多い。しかし,大学病院の麻酔科医が不足して,どこかの科から「大学病院でも並列麻酔してはどうか」などと提案された日には,烈火のごとく怒り出すだろう。
つまり,常勤医は並列したがらないが,開業(バイト)麻酔科医は並列を容認(黙認?歓迎?)する傾向がある。

整形外科の先生がどんなにルンバールや局静麻が上手でも上腕,肩,脊椎の手術では全麻が必要になる。整形外科では合併症満載の高齢Ptが多いという難点はあるものの,1件あたりの手術時間はそれほど長くなく,開業麻酔科医にとっては与しやすい仕事である。双方の利害が一致するため,整形外科と開業麻酔科医は相性がいいはずだ。

しかしこの教授の近辺では,開業麻酔科医のおかげで整形外科の手術件数を伸ばした関連病院は存在しないのだろう。

この教授にとっての理想の麻酔科医は,開業などせず安月給の勤務医のままで,並列で麻酔してくれる人のことなのだろう。

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March 05, 2006

合併症で

今度は麻酔科医が硬麻の合併症で書類送検された。

リンクが切れているようなので以下に書く

---------------------引用開始-------------------------------------
「術後は良好」うのみで患者死亡…医師3人を送検

 茨城県の病院で胃がん手術を受けた男性患者(当時47歳)
が転院後、死亡し、県警捜査一課と竜ヶ崎署は2日、医師の
ミスが重なったとして筑波メディカルセンター病院(つくば市)
に勤務していた男性外科医(39)と転院先のつくばセントラル
病院(牛久市)の女性外科部長(42)を業務上過失致死容疑で、
同センター病院に勤務していた男性麻酔科医(35)を同傷害容
疑で水戸地検に書類送検した。

 調べによると、男性外科医は2002年12月に手術。血液
検査の異常値で縫合不全による炎症の可能性を疑うべきなのに、
女性外科部長に「術後は良好」などと伝え、外科部長は引き継
ぎをうのみにして必要な検査を怠り、03年1月に腹膜炎で患
者を死亡させた疑い。麻酔科医は手術の際の麻酔で脊髄(せき
ずい)などを傷つけた疑い。患者はこれが原因で下肢まひとな
り、転院することになったという。

 外科医は「忙しさもあり、引き継ぎの際に失念した」とし、
外科部長は「良好という言葉を信じ切っていた」と供述してい
るという。

(2006年3月2日20時19分 読売
新聞)

---------------------引用終了-------------------------------------

外科の有害事象との絡みがあり,問題は複雑で立場によっていろいろな見方があるだろう。
麻酔科だけ切り離して考えるのは良くないのかもしれない。

Ptが死亡したから書類送検なのか,Ptが腹膜炎などを発症せず下肢麻痺の状態で退院しても刑事責任なのか。前者だとしたら硬膜外穿刺の合併症が死亡の遠因とされたことになる。後者の場合,今後硬麻のせいで下肢にしびれが残った場合でも刑事責任を追及されるおそれがある。どちらにしても硬麻はしないほうがよさそうだ。

麻酔科医にとっては,福島県の産婦人科医逮捕と同じくらいショッキングな出来事である。だが,なぜかそれほど頭に血が上らない。

逮捕と書類送検の違いか。

胎盤癒着の母体は,「誰が術者でも救えなかった」とする意見が主流のようだ。一方,硬麻の下肢麻痺は…。

硬麻が得意で,「どんなPtでも5分以内にカテーテルを入れられる」と公言する麻酔科医は「硬麻で下肢麻痺など考えられない。腕が未熟だったのだろう。自分ならそんなヘマはしない。もちろんこれからも硬麻をし続ける」と言うだろう。私にもそのような気持ちがほんの少しはある。

だが,よく泳ぐ者ほどよく溺れるという。書類送検された麻酔科医も硬麻に自信があったかもしれない。

自信がついてくるとプライドが形成される。Touhy針をどの方向に向けても進まず,穿刺部位を変えても道が見つからない場合も,「入りにくいので,硬麻はやめておきましょう」とはなかなか言えない。時間がたってくると焦りもでてくる。普段は丁寧な手つきも少しずつ粗くなってくる。そしてついには…。あるいは,穿刺やカテーテル挿入はスムーズだったが硬膜外血腫が生じ,それに長時間気づかない場合もある。

やはり,明日は我が身だ。硬膜外の全廃を考えねばならない。全麻からの覚醒後,硬麻を併用しないせいでPtが創痛に顔を歪めながら病棟に戻ったとしても,麻酔科医が書類送検となることはないだろう。もともと硬麻を併用できない開腹症例もあるのだから。

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