産婦人科医逮捕2
福島県で起こったことは,麻酔科医としては無視できない。青戸病院の件でも麻酔科医二人が書類送検されている。明日は我が身だ。
例えばの話。
私が田舎の公立病院で麻酔科の一人医長として働いているとする。毎日午前中はペインクリニックで,午後からは手術室での麻酔。もちろん24時間365日がオンコール。近くに大病院はなく,夜間や休日の緊急手術も多い。そんな時,他府県の同じような病院で同様の勤務をしている麻酔科一人医長が逮捕される。帝王切開の癒着胎盤から大量出血し,輸血が間に合わずに台上死したという理由で。
その後,私はどうするだろう。
帝王切開の麻酔を引き受けない? 予期しない大出血は何も帝王切開に限ったものではない。今後,自分が働く病院で術中大量出血が起こった場合,逮捕されるかもしれない。いや,前例があるなら同様の事件での逮捕はもっとしやすくなる。州によって法律が異なる米国と違い,日本は全国で同じ法律が適用される。出血死で逮捕されないようにするには,麻酔をしないこと。
とはいっても,私の一存で「明日から麻酔しません。ペインクリニックのみします」とはできない。
まずは院長と大学教授に話さなくてはならない。
二人ともこう言うだろう。
「君が麻酔しなかったら誰が麻酔する? 不慣れな外科医に麻酔されたのでは患者様が困る」
「これでも地域の基幹病院なのに,手術ができないなど住民に納得してもらえない」
「一番近い市民病院まで○○kmもある。そんな遠くまで患者様を送れない」
「仕事を勝手に放棄するな」
「自分さえ良ければいいのか? 患者様のことを考えろ」
「他にも同じような病院でがんばっている麻酔科医はいるのだ」
私はどう反論しよう。
「そんなこと言われても,出血死で逮捕されるのは私なのですから。全く仕事をしないのではなく,ペインクリニックに精力を注ぎます。ペインだってDQN Ptが多くて大変なのですから」ぐらいにしておこうか。
「私が逮捕されても,あなた方は『誠に遺憾の意を』だの『再発防止に向けて』だの言いながらカメラの前で頭を下げるだけだからいいでしょうが」までは言えないな。
とにかく,タイミング的には良いかもしれない。年度替わりまで1か月以上ある。
「先頃○○県の病院において,手術中の大量出血により患者様が死亡するという痛ましい事件が発生しました。当院も麻酔科医は一人しかおらず,予期しない大出血の際,輸血用血液を血液センターから大至急で取り寄せても1時間以上かかってしまいます。つきましては患者様の安全を第一に考え,本年4月1日より当院での手術を差し控えさせていただきます」という貼り紙をあちらこちらに貼るのだろうか。
とにかく,術者も助手も専門医で,麻酔科専門医が複数常勤し,すぐに血液製剤を用意できる施設でしか大きな手術をしてはいけないようだ。大きな手術にはもちろん帝王切開も含まれてしまう。
全国の産婦人科医に「産科からの撤退」をそそのかしているわけではないので悪しからず。上の例え話の手術や麻酔をお産に,ペインクリニックを婦人科に代えて読むことも別に推奨はしない。
ただ,やばそうな病院からは簡単に逃げることのできるフリー麻酔科医が「明日は我が身」と感じていることをお忘れなく。
えっ?「フリーだから,何かあっても誰もかばってくれないからだろ」って?
あなたが働く病院は,不可抗力としかいいようのない出血死があったとして,あなたを守ってくれますか?
TrackBack
TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/71276/8818511
Listed below are links to weblogs that reference 産婦人科医逮捕2:
» 産婦人科医逮捕関連リンク集 [ふか&もけ]
帝王切開に伴う癒着胎盤剥離による母体死亡にて不当逮捕された産婦人科医師に関連した記事を書かれた医師Blog(日記含む)のリンク集をつくったのでおいておきます。
医師がこの事件をどうとらえているのかを読んで頂きたい。
他にもありましたら、TBあるいはコメント欄にお願いします。発見しだい、追加させて頂きます。
産婦人科医Blog関連記事リンク集(敬称略:順不同)
ある産婦人科医のひとりごと より:癒着胎盤で母体死亡となった事例:今後の周産期医療の方向性について:医師の集約化、地域連携、... [Read More]
Tracked on February 25, 2006 at 02:49 AM
» 母体死亡事例の少し詳しい経緯 [ある産婦人科医のひとりごと]
注意・必ず読んでくださいhttp://www.dd.iij4u.or.jp/~s [Read More]
Tracked on February 26, 2006 at 08:53 AM
» 産婦人科医不当逮捕事件 7 [道標]
キーワード 産婦人科、医療、事故、業務上、過失、致死、逮捕、刑事、訴追、医師法、 [Read More]
Tracked on March 11, 2006 at 10:17 PM

Comments
はじめまして。いつも興味深く拝見しています。
麻酔科専門医@大学院です。麻酔科医不足のため、麻酔に精を出さざるを得ず、研究がおろそかになりがちです。
麻酔科医としてのアルバイトは、①医局の派遣でいく関連病院での麻酔バイト、②関連病院の麻酔科当直、③麻酔科開業医の先輩のヘルプの3種類です。
①の関連病院での麻酔は、スタッフ(指導医、専門医)が複数いるところがほとんどで、非常事態に対応できる体制のもとでの麻酔になります。③は開業医の先輩が事前に術前評価を済ませていて、厳しいケースは回されないので、比較的気楽に行くことができます。問題は②の麻酔科当直です。当然一人当直ですし、一応非公式のオンコール体制にはなっていますが、連絡がつかないこともあるらしく、基本的に一人で何とかしなければなりません。さらに急患もシビアなケースが多く、名前と生年月日以外情報のない多発外傷だとか、背景が何一つわからない、CTをとっている間に血圧がなくなったAAAのruptureだとかに当たることもあります。もちろん緊急カイザーも。先週も早剥、DIC、IUFDのカイザー(開腹子宮内容除去)をかけてきましたし。こういうとき、「自分が頑張らなければ、患者の命が…」と思って当然のように受けてきましたが、最近の社会情勢をみると、こういう急患を受けること自体が、自殺行為のようです。これからの麻酔科医に必要なのは、技術や知識よりもリスクの高い患者の麻酔を断る勇気なのかもしれません。
わたしのバイト先は、どれも医局や同門の先生たちと関係のある病院ばかりですが、いくら医局と無関係でないとはいえ、自分の身を守れるのは自分だけですし、いざというとき医局と関係があるということに何の意味もありませんし。
麻酔科に限らず、患者を助けるために、精一杯頑張るよりも、スタンダードな、教科書的な知識を逸脱しない無難な医療行為を、証拠を残すための記録最優先で行い、患者の転機よりも、裁判になったときに、自分に不利にならないことが重要で、そう割り切れるのがいい医師となるのではないでしょうか。最近の医療過誤(本当に過誤といえるのか疑問)に対する、警察(検察)の対応、裁判所の判断、マスコミの報道をみていて、つくづくそう思います。
これからこの国の医療はどうなっていくのでしょうか?
Posted by: 院生 | February 25, 2006 at 01:15 AM
院生さん,こんにちは。コメントをありがとうございます。
慣れた病院ではなく,アウェーでの麻酔は予定手術でも気をつかいます。薬が違う,用具が違う,術者やナースとのコミュニケーションetc。関連病院での麻酔科当直は,その病院の常勤麻酔科医の負担を減らすためでしょうが,常勤医でさえバタバタする超緊急手術の麻酔をバイトに任せるというのは怖い話です。生活のため仕方なく引き受けておられるのでしょうが,そのバイトだけは速やかに辞されるのが賢明と存じます。例の逮捕事件のせいで,今なら辞意を表明しやすいはずです。
>自分の身を守れるのは自分だけですし
まったくその通りです。今回も,福島県や大野病院が特別ひどいのではなく,どこの都道府県,どの病院も同じだと思っています。
これからも,マイペースながら麻酔科医の本音などを書いていきますので,よろしくお願いいたします。
Posted by: 管理人 | February 25, 2006 at 01:10 PM
癒着胎盤は非常にまれで、児娩出後に胎盤が剥がれなくて、そうこうしているうちに大出血となり、大至急で子宮摘出しなければならない疾患です。
術中の出血は、へたすれば、10リットルとか20リットルとかになってしまい、半端な量ではありません。産婦人科医にとっても麻酔科医にとっても非常に対応が難しい疾患です。
インターネットで得られたいろいろな情報をいくら読んでも、担当だったK医師は、彼の置かれた状況下でできることはすべてやり尽くしていたようで、特に彼が犯した医療ミスは全くなかったように思われます。
今回の母体死亡事例で、手術中に母体死亡となってしまった一番の原因は、マンパワー不足と、輸血の対応の遅れ(大至急で血液をオーダーしても血液が病院に届くのに1時間以上を要したらしい)であったことは誰もが認めているところです。
妊娠したのに我が子を抱くこともできず亡くなられた患者様やご家族の皆様のご無念は筆舌に尽くしがたく、心よりご冥福をお祈り申し上げます。その思いは、全力を尽くしても患者様の命を救うことができなかった担当医だった先生が一番強く感じておられることと推察いたします。
このような予測不能の生命に関わる疾患は、妊婦の誰にも、一定の確率でいつでも起こり得ることです。
今回の母体死亡事例の一番の原因は、地域の医療システムの問題だと思います。ですから、今回逮捕された医師はこの不備な医療システムの『犠牲者』であり、決して犯罪者ではないのです。その不備な医療システムのもとで担当医師に業務を命じ、その不備な状況を放置したた行政や病院幹部にこそ非常に大きな責任があると考えます。
Posted by: 産婦人科医 | February 26, 2006 at 09:03 AM
産婦人科医さん,こんにちは。コメントをありがとうございます。以前より貴兄のブログもよく拝見させていただいております。
本当に,この国は医療のシステム上の不備を臨床医の酷使でカバーするのが当然だと思っています。
胎盤癒着は,経験を積んだ産婦人科医でも滅多に遭遇しない病態と聞いております。そんな稀な病態にあたり,必死で奮闘努力したにもかかわらず,その結果が悪かったということで逮捕とは全く納得できません。
今回の件では腹の立つ項目が多すぎて頭のなかを整理できません。少し時間がたって冷静に考えてもやはり理不尽なことばかりです。
微力ながら,M3のグループに入れてもらいました。
Posted by: 管理人 | February 26, 2006 at 11:24 AM
いつも拝見させていただいています。
この手術は麻酔科専門医が麻酔を担当したようですが、今回は麻酔科には責任は追求されなかったと解釈していいのでしょうか?
Posted by: toratora | February 27, 2006 at 11:56 PM
ここで議論されているテーマからは大きく外れるのですが、今回の症例で感じたことがあります。術中の自己血回収装置(以下、セルセーバ)のことです。‘後出しジャンケン’的な無責任な意見になるのを承知で言わせていただければ、今回の症例でもしセルセーバが使えるような状況だったら、かなり有効な手段になれたのではなかったか、と思いました。私の病院では、かつて、10代の特発性側弯症の患者さんが術中の大量出血、大量輸血により術後に血清肝炎に罹患したのがきっかけで、自己血輸血を導入しました。セルセーバを用意しても無駄になる症例もしばしばありますが、手術室スタッフも臨床工学技師も皆頑張って、予想しない大出血の症例にも何とか対応できるレベルにまでなってきました。田舎で血液センターからのブルートの供給に不安のあるような施設では、セルセーバの導入は一考の価値があると思います。
勿論、今回の症例でセルセーバが使われなかったことを私は問題にしているのではありません。ただ、今回のような症例は今後どこの施設でも起きる可能性があると思われたので、救命のための一ツールとしてセルセーバのことを書かせて戴いた、それだけです。長文失礼しました。
Posted by: I wish | March 08, 2006 at 01:30 AM
私も,術野吸引の排液バッグに貯まっていく血液を見て「これがセルセーバだったらな」と思うことがよくあります。採血時の清潔度や保存状態がどうだったかわからない貯血式自己血よりも,セルセーバのほうが安全性が高いような気がします。
Posted by: 管理人 | March 08, 2006 at 10:52 AM
はじめまして。いつも更新楽しみにしています。
今回の件、逮捕はあんまりだと思いますが、ふと冷静(?)に考えている自分がいます。
情報が少ないのでわれわれは正確な判断ができているだろうか、と。堀江メールでも当初は与党幹事長をみんなで叩きましたが、終わってみると・・・。警察・検察を批判しておいてわれわれが間違っていた場合には国民からの信用を失いませんか。心配です。
何にせよ情報がほしいと思います。
Posted by: F | March 12, 2006 at 10:22 PM
Fさん,はじめまして。コメントをありがとうございます。
本当に今回の件は不可解なところが多く,われわれが知らない事情や思惑があるのかもしれませんね。
支援の輪が広がりつつあるようですが,世間から「逮捕された同業者に同情しているだけ」と誤解されないよう,理性的に運動していかなければと思います。
これからもよろしくお願いいたします。
Posted by: 管理人 | March 13, 2006 at 09:43 AM