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February 24, 2006

産婦人科医逮捕2

福島県で起こったことは,麻酔科医としては無視できない。青戸病院の件でも麻酔科医二人が書類送検されている。明日は我が身だ。

例えばの話。
私が田舎の公立病院で麻酔科の一人医長として働いているとする。毎日午前中はペインクリニックで,午後からは手術室での麻酔。もちろん24時間365日がオンコール。近くに大病院はなく,夜間や休日の緊急手術も多い。そんな時,他府県の同じような病院で同様の勤務をしている麻酔科一人医長が逮捕される。帝王切開の癒着胎盤から大量出血し,輸血が間に合わずに台上死したという理由で。

その後,私はどうするだろう。

帝王切開の麻酔を引き受けない? 予期しない大出血は何も帝王切開に限ったものではない。今後,自分が働く病院で術中大量出血が起こった場合,逮捕されるかもしれない。いや,前例があるなら同様の事件での逮捕はもっとしやすくなる。州によって法律が異なる米国と違い,日本は全国で同じ法律が適用される。出血死で逮捕されないようにするには,麻酔をしないこと。

とはいっても,私の一存で「明日から麻酔しません。ペインクリニックのみします」とはできない。
まずは院長と大学教授に話さなくてはならない。
二人ともこう言うだろう。
「君が麻酔しなかったら誰が麻酔する? 不慣れな外科医に麻酔されたのでは患者様が困る」
「これでも地域の基幹病院なのに,手術ができないなど住民に納得してもらえない」
「一番近い市民病院まで○○kmもある。そんな遠くまで患者様を送れない」
「仕事を勝手に放棄するな」
「自分さえ良ければいいのか? 患者様のことを考えろ」
「他にも同じような病院でがんばっている麻酔科医はいるのだ」

私はどう反論しよう。
「そんなこと言われても,出血死で逮捕されるのは私なのですから。全く仕事をしないのではなく,ペインクリニックに精力を注ぎます。ペインだってDQN Ptが多くて大変なのですから」ぐらいにしておこうか。
「私が逮捕されても,あなた方は『誠に遺憾の意を』だの『再発防止に向けて』だの言いながらカメラの前で頭を下げるだけだからいいでしょうが」までは言えないな。

とにかく,タイミング的には良いかもしれない。年度替わりまで1か月以上ある。

「先頃○○県の病院において,手術中の大量出血により患者様が死亡するという痛ましい事件が発生しました。当院も麻酔科医は一人しかおらず,予期しない大出血の際,輸血用血液を血液センターから大至急で取り寄せても1時間以上かかってしまいます。つきましては患者様の安全を第一に考え,本年4月1日より当院での手術を差し控えさせていただきます」という貼り紙をあちらこちらに貼るのだろうか。

とにかく,術者も助手も専門医で,麻酔科専門医が複数常勤し,すぐに血液製剤を用意できる施設でしか大きな手術をしてはいけないようだ。大きな手術にはもちろん帝王切開も含まれてしまう。

全国の産婦人科医に「産科からの撤退」をそそのかしているわけではないので悪しからず。上の例え話の手術や麻酔をお産に,ペインクリニックを婦人科に代えて読むことも別に推奨はしない。

ただ,やばそうな病院からは簡単に逃げることのできるフリー麻酔科医が「明日は我が身」と感じていることをお忘れなく。
えっ?「フリーだから,何かあっても誰もかばってくれないからだろ」って?
あなたが働く病院は,不可抗力としかいいようのない出血死があったとして,あなたを守ってくれますか?

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February 21, 2006

産婦人科医逮捕

帝王切開で赤ちゃんを娩出した後,癒着胎盤による出血のコントロールができずに母親が死亡し,担当の産婦人科医が逮捕された。

亡くなったPt,およびその遺族の方々には心よりお悔やみ申し上げる。この方たちに落ち度はないし,どこかに怒りをぶつけたい気持ちもわかる。民事での賠償請求等は当然である。

問題は刑事事件になったことだ。いくらなんでも逮捕はないだろう。恐ろしい時代になったものだ。

私がいままでに麻酔した帝王切開に関しては,術中出血を術者がコントロールできずにPtが死亡した事例を経験していない。しかし他科の手術,特にヘパリン化するような手術においては,研修医時代はもちろん大病院の常勤医をしている頃も,大量出血による術中死をいちいち覚えていないくらい経験した。さすがにフリーになってからは経験ないが。
「手術中の出血を止められなかったために,業務上過失致死」ということなら,心臓血管外科医の大半,いやほぼ全員が逮捕されるだろう。

新聞やネットの記事では「癒着胎盤である可能性を認識しながら、十分な検査をせず、高度医療が可能な病院への転送や輸血製剤などの準備が不十分なまま執刀した」とある。

「癒着胎盤である可能性」とは何のことだろう。産科は専門外だが,癒着胎盤が執刀前に簡単に診断できるものとは思えない。ベビー娩出後,胎盤がいつもどおりに剥がれなくて初めて癒着胎盤と判明するではないのか。妊婦に既往内膜掻爬,既往帝王切開があれば「癒着胎盤である可能性」はあるだろうが,それなら大多数の妊婦にその「可能性」はある。人工妊娠中絶の既往のある妊婦,前回のお産も帝王切開だった妊婦に帝王切開を行う際には「癒着胎盤の可能性」に備え,必ず大量のMAP・FFP・濃厚血小板を用意しなくてはならないのか。

胸部大動脈瘤など大血管の手術では,もともと大出血が予想されるため大量の血液製剤が用意されるが,それでも追いつかないくらいの大出血が起こり,血液センターに追加注文しても結局止血できずにPtが死亡することがある。この場合も「(出血量に見合うだけの)血液製剤などの準備が不十分なまま執刀した」ことになる。

あの産婦人科医のどこに落ち度があったのだ。

Ptが若かった?
亡くなったPtが若い,というか帝王切開なので若いPtしかいないわけであるが,70歳代の胸部大動脈手術での出血死ならこうはならなかったろう。「20歳代のお産と70歳代の大動脈瘤を同列に扱うな」と叱られそうだが,どちらも出血死のリスクはある。確率が問題なのか? 確かに帝王切開での出血死は滅多にない。滅多に発生しないイベントに遭遇したら逮捕なのか? 若いPtを助けられなかったら,不可抗力でも逮捕なのか?

ムンテラができていなかった?
胸部大動脈瘤なら出血死の危険性は必ずムンテラされる。産科医も,お産が安全なものでないことをICしているはずなのだが,一人医長ではあまりに忙しく充分に説明でなかった可能性もある。今後の産科医は,滅多に見られない癒着胎盤に備え「帝王切開後,子宮からの出血を止められずに死亡することがあります」とムンテラするしかない。

警察への届け出が遅れた?
Ptが死亡した時点で,死亡した原因はわかっている。出血多量による循環不全である。死因がはっきりしていて,医療者側が「事故ではない」と信じているなら,警察に届けないのは当然である。こんなことならいっそのこと,病院でPtが死亡したらどんな場合も必ず警察に届けるように義務づければいい。

無理な剥離を試みたから?
ニュース記事によると,用手的にではなく何らかの器具を用いて剥離しようとしたらしい。専門外なのでこの行為の是非はわからないが,これが落ち度だとしても,この判断は医師の裁量権の範疇なのではないか。そうか,この国の医者は専門的判断を誤ると逮捕されるのか。そういえば割り箸事件の医者も,「入院させなかった」,「CTを撮らなかった」という,裁量権のレベルで禁固刑を求刑されていたな。

あるニュース記事では「癒着胎盤での帝王切開は未経験。今回死亡した被害者のように、子宮と胎盤が癒着している状態での帝王切開手術の経験はなかったことがわかった」とある。あたかも「癒着胎盤を経験したことがないのに,一人で帝王切開を行うのは無謀」とでも言いたげだ。私は長く麻酔科医をしているが悪性高熱症を見たことがない。運悪くこれにあたり,治療の甲斐無くPtが死亡した場合,マスコミは「担当の麻酔科医は悪性高熱症を治療した経験がないことがわかった」と鬼の首を取ったかのように書き立てるのだろう。

とにかく,今回の件は慈恵医大青戸病院のラパ前立腺の事件とは全く異なる。私は青戸病院の泌尿器科医には同情はしないが,今回の産婦人科医には心より同情し,なんとか名誉を回復して欲しいと願っている。

新臨床研修制度が始まって二年になり,多くの若い医師たちがもうすぐ初期研修を終える。彼らの進路が既に決まっているのかどうか知らないが,「やはり産婦人科はやめておきます」という声があちこちで聞かれることだろう。

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February 09, 2006

輸血

手術中のPtにMAPなどの血液製剤をできれば投与したくないと思うのは私だけではないはずだ。輸血を行うかどうかはもちろん出血量だけでなく,Ptの体格,Hb,年齢,手術部位(翌日から経口摂取できるかどうか)などによるが,Ptが若くて体格もよければ1000mlぐらいの出血までなんとか無輸血で乗り切ろうとする。リンゲル液などは投与した量の1/3ほどしか血管内にとどまってくれないため,出血によるボリューム不足を補うためには大量のリンゲル液を投与しなければならない。このことを知らない外科系医師は術後「なぜこんなに輸液したのだ」と(陰で)文句を言う。ひどい場合には,こちらの苦労を知ってか知らずか,病棟でMAPの輸血が始まってしまう。「どんなPtでもヘモグロビンは10を下回ってはいけない」と信じている医師はまだまだ多い。

私が苦労して輸血を回避した症例に対し主治医が病棟で輸血を始めても,私は怒らない。大事なことは「私は輸血に関与していない」ということだ。輸血に関するトラブルは多い。輸血という医療行為を自分の手(あるいは指示)で行わなければ,トラブルが生じても当事者になり得ない。

自己血はMAPよりも輸血のハードルが低くなる。MAP投与をためらうほどの出血量でも自己血なら投与しやすい。しかし,私はMAPよりも自己血のほうが要注意と思っている。自己血を採血した人間が信用できるかどうかわからない。保管状況も知らない。「そんなことを言い出すと血液センターの血液製剤も同じ」と思われるかもしれない。しかし,専門家集団がシステマチックに行っている事業と,田舎の病院でたまに行う貯血と,果たしてどちらの信用性が高いか。ウィンドウピリオドのため血液センターの検査をすり抜けるウイルスが存在する問題は仕方ないとして,A型のラベルが貼ってあるMAPが実はB型だったなどという事故は聞いたことがない。MAPの場合は必ず交叉試験を行うので,このようなミスがあっても気づくはずである。自己血輸血の前にクロスはしない。自己血が他のPtの自己血と入れ替わっていた場合,それを疑うか気づくのは,悲惨な事象が起こった後である。自己血輸血のガイドラインではラベルの氏名はPt本人が自署することになっているが,罰則規定のないガイドラインをすべての病院が守っているかどうか。採血時の清潔操作が不十分で細菌が繁殖している可能性もある。

「自己血に問題があったとしても,知らずにそれを投与した麻酔科医に落ち度はない」というのは,単なる“こちらの言い分”である。

万一遺族に訴えられた場合,裁判所はどう判断するか。昨今の医療裁判の判例を見ているととても楽観視はできない。「麻酔科医は,自己血といえどもそれが他人の血液,あるいは汚染された血液である可能性もあることを常に念頭に置き,注意する義務があった」とされるおそれは充分ある。しかし自己血輸血が手術室ではなく,術後に病棟で開始されたのなら,麻酔科医が裁判所に呼ばれる可能性は低くなるだろう。

こんなことを書いてはいるが,最近も手術中に自己血を輸血してしまった。最終出血量約300mlに対して400mlを。

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