« October 2005 | Main | December 2005 »

November 23, 2005

年間麻酔症例数

先日麻酔事故を起こした某病院では麻酔科医ひとりあたりの年間症例数が約700例だったという。
手術時間や手術の重さ(開心術や臓器移植など)を考慮せず,単に症例数の多寡を論じても意味がないが,全国の麻酔科医のなかには「年間700例はクレイジー。そんな過剰労働するからミスが発生する」と主張する者も,「私の年間症例数はもっと多い。700例なんか楽勝だ」と言う者もいるだろう。

別に700という数字にこだわりはないが,一応この数字を用い,(A)フリーター麻酔科医,(B)常勤一人の麻酔科,(C)複数の常勤医が勤務する麻酔科に分けて考えてみる。

一年は52週だが盆と正月の2週間を除いて50週とすると,700÷50=14。つまり週に14例の麻酔を担当すれば年間700例に達する。

(A)フリーター麻酔科医
週に14例は,フリー麻酔科医ならそれほどつらい数字ではない。月~金の毎日3例ずつでもいいし,月曜日に5例,水曜日に5例,金曜日に4例という働き方もある。翌日が完全休業なら一日5例の麻酔は充分耐えられる。感心できないことだろうが,麻酔のICも主治医がやってくれ,術後管理もない。もちろん,夜中に呼び出されることもない。

(B)常勤一人の麻酔科
常勤なら一日おきに働くという変則勤務はできないが,月~金まで毎日3例程度こなせば年間700例に届く。実際には時間外緊急も含めて700例なので,昼間の予定手術数はもっと少なくなる。ただし一人常勤医は毎日がオンコールである。緊急手術の麻酔で一晩中働いた翌日もいつもどおりの勤務が待っている。また,麻酔のICは自分でしなければならない。救急救命士の挿管実習を受け入れる,受け入れないは自分の裁量で決められるため,挿管実習のICが面倒だと思うなら拒否すればよい。

(C)複数の常勤医が勤務する麻酔科
一番つらいのは,複数(n,n≧2)の麻酔科常勤医が勤務する病院で,麻酔科医ひとりあたりの年間症例数が700例の場合だと思う。プロポフォール過量投与の病院もこれにあたる。nが大きければ大きいほど,麻酔科医は激務にさらされる。4人で2800例よりも,6人で4200例のほうがつらいはずだ。麻酔科医が大勢いて全員が専門医であることはまれである。nのなかには研修医,もしくはそれに毛が生えた程度の未熟なものも含まれる。nが大きくなればなるほど,未熟な麻酔科医も多くなる。研修医は(A)や(B)にはなれないので,ここではベテラン医師に関して述べるが,指導医(もしくは専門医)は通常の麻酔業務に加え,その未熟な麻酔科医を教育するという仕事もこなさなくてはならない。(A)や(B)にはこの仕事はない。最近は救急救命士に挿管実習もさせなくてはならないし,そのためのICにも手間と時間がかかる。
また,同じ700例でも夜間緊急手術の占める割合が多いと肉体的につらいものがある。当直やオンコールに関しては(B)よりも恵まれているようにも見えるが,実はそうとも言えない。単純計算ではn日に1回のはずだが,科長が免除されたり未熟者には任せられないなどで,当番日はn-x日に1回となる。そして(B)と(C)では緊急手術の“依頼のしやすさ”に差がある。(C)のような大病院の外科医たちは,麻酔科医がいない病院で働いた経験がない。麻酔科のありがたさを知らず,何の配慮もなく緊急手術を申し込んでくる。緊急手術を行うことを決定するのは上級医で,麻酔科に緊急手術を申し込むのは研修医ということも,依頼しやすい要因となる。(B)の病院では外科医も少なく,緊急手術を決定した医師が直接麻酔科医に申し込んでくる。麻酔科医のいない病院で働いた経験があれば,麻酔の怖さや麻酔科医のありがたさを知っている。そして,その病院の麻酔科医が毎日オンコールであることも知っている。一人しかいない麻酔科医に倒れられたらどうなるかという想像もできる。「夜間の緊急手術を実施するかどうかはpatientの病態によって決まるのであり,麻酔科医に依頼しやすいかどうかで決まるのではない」が真実でないことは,長年麻酔科医をしている者なら誰でも知っている。

麻酔科医としても(B)では「麻酔科医は一人しかいないのだから,無理です」と言いやすい。実際,ある(B)の病院の麻酔科医が大学から「2年目の優秀なやつを送ってやる」と言われても,断ったことがあった。たとえ2年目でも麻酔科医が一人増えると2人体制になる。そうなると,何かにつけ「無理です」とは言いにくくなる。一人医長の頃は「学会に行かないと専門医を維持できません。学会には行きます。その間,手術はできません」と言えるが,二人になると学会中に手術室を閉めるのは難しくなる。ある先輩は「夏休みも一人医長のほうがとりやすい」と言っていた。

今年の私の症例数は700例には遠く及ばないし目指すつもりもない。しかし,年間700例も麻酔すると年収は…。なーんだ,5Kには届かないのか。

| | Comments (0) | TrackBack (1)

November 20, 2005

最近の報道

毎年この時期になると,部数を伸ばすためには何でも書く週刊誌が「インフルエンザ大流行で○○万人が死亡する!」などと怖い記事を載せるが,今年は政府が「新型インフルエンザ対策行動計画」というものまで発表した。そのなかにはタミフルの備蓄も盛り込まれている。

「これではきっとタミフルの買い占め,横流し,ネットオークションでの出品,偽物が横行するぞ」と家族に話していたら,今度はタミフルの重篤な副作用の報道が流れた。

なんか,タイミングが良すぎる。タミフルの買い占めを予防するために政府が働きかけたのではないか。

そういえば,最近医療ミスの報道も多いような気がする。リアルタイムで起こったものなら単なる偶然かもしれないが,昔のことも掘り起こしているのを見ると,医療費を削減したい政府が来年の診療報酬改訂に向けて“追い風”を吹かしていると勘ぐりたくなる。
政府の誰かがマスコミに対して「世間に『医者なんて,こんなにいい加減でミスばかりしている。やつらを儲けさせる必要はない』という風潮を作りたい。あんたらマスコミだって医者が嫌いだろう? もっと医療ミスの記事を載せてくれよ。昔のでも構わないからさあ。最近起こった医療事故はいつもより紙面を大きくとって載せてね。社説や特集記事にしてくれるともっと有り難いけど」と耳打ちしている姿が目に浮かぶ。

| | Comments (0) | TrackBack (1)

November 18, 2005

防衛医療

勤務医だった頃の話。
ある手術がリソトミーの体位で行われた。手術時間は予定よりも長くなったが無事終了し,全身麻酔も全く問題なかった。しかしpatientが病棟に戻り2,3時間たった頃から一方(右か左か忘れた)の下腿がしびれると訴えだした。
術者は麻酔科に対し「エピドラのせいで下腿がしびれているようなので,麻酔科からムンテラしてくれ」と言ってきた。

だが,そのpatientにはエピドラは入っていなかった。それも,穿刺が難しくて途中で断念したとかではなく,エピドラ併用の予定は最初からなかった。病巣が大血管に浸潤している可能性があり,その際には血管外科が加わって血管形成(ヘパリン化する)が施行される予定だったので麻酔科はエピドラを避けた(結局,血管形成は行われなかった)。
その診療科で行われる手術は全麻+硬麻で行われることが多いため,術者は今回の手術でもエピドラが入っているものと思いこんでいたのだろう。

patientが術後に下肢のしびれを訴えると,エピドラを入れていなくてもエピドラのせいにされそうになった。ということは,エピドラが入っていたなら,例えそれがスムーズに挿入されていたとしても,間違いなくエピドラのせいにされただろう。腹立たしさよりも恐ろしさがこみ上げてきた。

それ以来,リソトミーの手術では何とか理由をつけてエピドラを入れないようにした。リソトミーという体位によって総腓骨神経麻痺が生じる危険性があることを術前診でpatientに説明すればいいだけのことかもしれない(本当は術者が説明するべき)が,下肢のしびれを体位のせいにせず,硬麻併用の有無も確認しないで即エピドラのせいにする術者が恐ろしかった。思いもよらないこともエピドラのせいにされそうだ。できれば全例でエピドラ併用を廃止したいぐらいだった。

全麻にエピドラを併用しない口実を探すのはそれほど難しくない。詳しく問診すれば腰痛の既往のひとつぐらいは引き出せる。patientが「そういえば電車の座席に長時間座っていて腰が痛くなったことが一度だけあったかなあ」と言ってくれれば,“腰痛の既往あり”とできる。凝固系の検査値のひとつが標準値を少しでも越えているなら,充分な大義名分となる。腰痛の既往を引き出せず,凝固系も全く正常なら,エピドラの危険性をいつもより大袈裟に説明し,patient側でエピドラを拒否するようにもっていった。

最近“防衛医療”という言葉が散見されるようになってきた。ここでいう“防衛”とは,DQN patientから難癖をつけられないように「医者が自分の身を守る」という意味である。防衛医療は萎縮医療とペアで表記されることが多く,要するに「少しでもリスクのある処置・手技は避け,必要最低限の治療だけを行うこと」のようだ。全麻に硬麻を併用しないのもこれに入るだろう。麻酔科医はpatientsだけでなく,外科系医師からの攻撃にも備えなくてはならない。主治医に依頼されたからといって,CVカテ挿入を二つ返事で引き受けるのもどうかと思う。自分が麻酔管理上必要とするなら別だが。

“防衛医療”でググってみると,“予防医療”的な意味で使われることもあるようだ。実はこっちが主流かもしれない。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

November 13, 2005

手術とRPG

手術をロールプレイングゲームに例えた先輩がいた。不謹慎かもしれないが,なるほど共通点はいくつかある。

1.主人公は刃物の使い手
RPGの主人公は最初の頃こそ「棍棒」や「棒きれ」程度しか持っていないが,ラストに近づくと「○◎剣」だの「△▽ブレード」だの「■□ソード」だの,たいそうな名前のついた刃物を武器とし,それを自在に操るようになる。
手術の主人公が術者というのは少し癪だが仕方がない。彼らはメスという刃物を操っている。どちらかというと,糸と針のほうが重要な気がするが。「手術の本当の主人公はpatientだ」という意見もあるだろう。否定はしない。「patientはフィールドだ」などと過激なことを言うつもりもない。

2.魔法使いの存在が大きい
魔法使いはRPGの主人公を補佐するばかりか,物語のカギを握っていることも多い。勇者が魔法使いに救われる場面は少なくない。
麻酔科医は魔法の代わりに麻酔を“かける”。「ホイミ」や「ケアル」が実際に使えれば,と思うのは麻酔科医だけではないだろう。

3.他にも仲間がいる
RPGでは勇者と魔法使いの他に力自慢の大男,飛び道具の名手,すばしこい小娘,目利きの商人,毒や爆薬の専門家,乗り物の運転の達人,獣使い,予言者など,くせのあるキャラクターが仲間に加わる。
実際の手術ではナースとMEか。大病院では見習い中の勇者や魔法使い,さらには将来勇者を目指すか魔法使いになるのか思案中の新参者もいる。

4.誰かが未熟だとパーティ全体が危険にさらされる
RPGや手術に限らず,チームプレーでは常に起こりうる事象である。未熟な時代は誰もが経験し,迷惑をかけたりかけられたりはお互い様である。ただ,麻酔科医は経験値を獲得するスピードが速く,勇者よりも早く一人前になる(それが良いことかどうかは別として)。成長した麻酔科医は勇者より若くても,助けられるより助けるほうが多くなる。

5.勇者だって魔法を使える
勇者もある程度の魔法は使えるという設定のRPGも少なくない。麻酔もできる外科医はたいてい麻酔科医を馬鹿にするが,勇者が「魔法なんて簡単だ。誰でもできる」とか「魔法使いなんて,ただの魔法屋だ」とか「俺は魔法を使えるが,魔法使いはこの■□ソードを使えないだろう」などと,魔法使いを馬鹿にするシーンがあるかどうかは知らない。

6.迷う(もちろん,RPGと手術に限ったことではない。世の中すべてがそうだ)
ダンジョン内で道に迷うことももちろんあるが,モンスターとの戦いを続けているとパーティの装備もメンバーの体力も尽きてくる。もう少しダンジョンの先へ進むべきか,早めに引き返すべきか。また,やや強めのモンスターとの戦いで消耗がひどくなってくると,次のターンでも攻撃するかそれとも逃げるかで迷うことがある。
手術でも術者はインプラントのサイズに迷い,麻酔科医はフェンタニルを追加するかどうか迷い,ナースはガーゼカウントが合わないことを今報告すべきかもっと探してから報告すべきか迷う。

7.油断するとひどい目に(これも世の中すべてのことにあてはまるが)
「さっきの中ボスとのバトルで体力も装備も消耗したな。魔法もほとんど使えないや。でも,すぐそこに村がある。村で体力と装備を整えよう。あれ,村の直前で雑魚モンスターと遭遇したぞ。逃げるのも癪だし,相手してやるか。あれ?あれ?こいつこんなに強かったっけ? あっ? あー! そんな馬鹿な! ・・・全滅だ・・・さっきの中ボス戦の勝利が無に・・・」
手術に関しても,手技的にも比較的簡単で,麻酔科としても憂うべき合併症のない症例に限ってトラブルが多いような気がする。

8.人の話を聞け
RPGではいろんな人と会話して情報を得ることが基本である。
手術だってコミュニケーションが大事だ。

RPGと手術との相違点
言い古されて,手垢がついて,あまりにありふれた台詞なので書きたくないが,一応書いておく。
「手術にはセーブポイントもリセットボタンもありません」

| | Comments (0) | TrackBack (0)

November 01, 2005

麻酔の説明

現在,麻酔に関するICは主治医にまかせている。勤務の前日にICのためだけにわざわざバイト先に行くのはつらい。当日早めに病院に行って説明するという手もあるが,patientが選択できる事柄(エピドラを併用するかどうかなど)の意志決定を手術当日に強いるのはどうかと思う。また,手術開始が午後からでも症例数の多いことが頻繁で,午前中にすべてのpatientsに一から十まで説明するのは難しい。結局,気になる合併症がある症例のみ,手術直前に病室に行くようにしている。それも麻酔の一般的な合併症などについては主治医から説明されている(はず)なので,ポイントを絞って簡単に説明しているだけである。

勤務医の頃はもちろん私自身で麻酔の説明を行い,同意書をpatientに直接手渡していた。以下はその頃の話。

話を聞こうとしないpatient
術前のpatientに病室で麻酔の内容や危険性などについて説明する際,こちらの言うことを全然聞いていないような人がいた。特に私が若かった頃,なめた態度をとるpatientによく遭遇した。テレビを消すどころか視線はテレビに釘付けでこちらを見ようともしない。見ている番組も,4年に一度のオリンピックの生中継とかならともかく,再放送の「大岡越前」などであった。イヤホンをはずさない人も稀ではなかった。「人の話を聞かないなんてなんて失礼なpatientだ」と腹立たしく感じながらも,最初の頃はそれでもちゃんと遺漏無く説明していた。しかしそのうち,「相手がこちらの話を聞く気がないならこちらも」と,内容を端折って説明することを覚え,いつしか「patientがテレビに夢中のほうが説明時間が短くて済む」と,むしろ喜ぶようになった。ただ,あまりにもテレビに集中しすぎて,後で「麻酔科の医者が私の部屋に来たことはない」だの「同意書を置いていっただけだ」だの言いそうなpatientもいた。そんな場合はカルテのどこかに「病室まで麻酔の説明に行ったが,patientはテレビで『はぐれ刑事純情派』を観ていた。イヤホンもはずさず,こちらの説明よりもテレビのほうに意識が向いていた」などと,日付・時刻とともに書いておいた。
麻酔に関してトラブルが起こったとき,「そんな危険性の説明を聞いてない」「いや,ちゃんと説明した」の水掛け論になりがちだが,これに終止符を打つのはpatientの自筆署名入り同意書である。もちろん,同意書は医療ミスの免罪符にはならないが,麻酔の危険性について明記してある同意書にpatientの署名があれば,こちら側の「ちゃんと説明した」という言い分が信用される可能性は高い。
説明を端折った場合はともかく,本当に詳しく説明したのに後日patientが「聞いていない」と言い出す可能性もある。一時間かけて説明してもその証拠がなければ何にもならない。逆に,説明が5分で終わっても署名入りの同意書があれば心強い。
とにかく,話を聞こうとしないpatientに対してはこちらもたくさん話す必要はないが,「話した」という記録を残すことは大事だろう。

真面目に聞いてくれるpatient
一方,私が病室を訪ねるとただちにテレビを消し,ベッド上で正座して説明を聞いてくれるpatientも少なくなかった。そのような方にはこちらも手を抜くことなく,身振り手振りを交えて詳しく説明した。ところが,稀な合併症も記載している同意書(説明書も兼ねている)を見せながら麻酔の危険性などについていろいろ説明していると,年配の女性などでは不安が高じて涙目になってくる人がいた。そのような場合は,同意書を指しながら「実はこんなものいらないのです。ここに書いてあることはどれもまず起こらないことばかりです。これも,これも,確かに麻酔の教科書には載っています。しかし私は麻酔科医になって○○年になりますが実際に見たことはありません。本当は『私に任せてください。大丈夫です。うまくやる自信があります』と言いたいのです」と胸を張って説明した。すると,気のせいかpatientは安心したような表情に変わった。一度でいいから,その場で麻酔同意書(patientに手渡す前なので未署名)をビリビリ破り捨てるというパーフォーマンスをしてみたかったが,さすがにこれはできなかった。

最近は“医師の説明義務違反”がクローズアップされてきたため,臨床医は自分の身を守るべく,滅多に起こらないような有害事象についても説明する風潮になってきた。主治医から手術の危険性についてさんざん脅された後,今度は麻酔科医から悪性高熱やら心原性ショックやら聞いたことのない専門用語で怯えさせられる。不安のどん底にいるpatientに『絶対,大丈夫です』と言う医者がひとりぐらいいてもいいような気がする。もちろん,相手によるだろうが。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

« October 2005 | Main | December 2005 »