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September 30, 2005

体位変換

先日,手術体位が腹臥位ということだったのでストレッチャー上で気管挿管した後,ひっくり返しながら手術台に移した。もちろん人間ひとりを腹臥位にするには人手が必要で,主治医と研修医にナース2人と私で「1,2,3」のかけ声と共に体位変換を行った。ところがその後,診療科の科長(術者)がやって来て「えっ? なぜ腹臥位? 側臥位だろ」と言いだした。そしてただちに側臥位に変更となった。科長は主治医を叱りつつ,私には本当に申し訳なさそうに何度も「すみません」を繰り返した。私は内心「腹臥位のほうが麻酔の保険点数が高くて有り難いのだが」と思いつつ,こちらが恐縮するほど謝ってくれているので「いえいえよくあることです。気にしてません。側臥位のほうが麻酔管理が楽です」と応えた。

勤務医だった頃にも同じようなことがあったが,場所と時間と相手の態度が異なるとこちらの反応も異なる。当然と言えば当然である。

それは脳外科だった。腹臥位ということだったので同じようにストレッチャー上で挿管した。脳外科では手術が始まると口まわりへのアクセスが難しいため,挿管チューブの固定に気を使うのは常だが,腹臥位では特に念入りにする必要がある。腹臥位では唾液が重力によって垂れ出てくることがある。挿管チューブを固定するテープが唾液で濡れると粘着力が弱くなりチューブが抜けるおそれがあるので,チューブ固定テープの上に防水ドレープを貼った。また,舌が重力で出てこないよう(首の角度を変えたときに噛むことがある)ガーゼを丸めてバイトブロックとした(ガーゼだと唾液も吸収してくれる)。観血的動脈ラインも入り,経鼻胃管も固定してやっと体位変換となった。Ptの体格が立派だったので人手がいつもより多く必要だった。脳外は主治医と研修医だけだったが,麻酔科医がローテーターや研修医など複数いたのでそれほど困らなかった。腹臥位にした後,頭部が手術台から出るように頭側に移動し,主治医が頭部を固定しようとした時,術者が現れた。術者は「なんだ,この体位は。側臥位だろうが。すぐに側臥位にしろ」と言った。主治医に対していろいろ小言を並べている間,我々にはどう釈明するのだろうと待っていたが,麻酔科に詫びる気配はなかった。

私は自分の服の胸のあたりを引っ張りながらこう言った。「これと同じ服を着ているヤツは外へ出ろ。今から始まる体位変換は手伝わなくていい。麻酔科医は体位変換の人足ではない」
脳外の術者のほうが年上だったので「そんなに体位が大事ならもっと早く来い!挿管してからどれだけ時間がたっているんだ」と怒鳴ったりはしなかった。

術者が麻酔科に謝ってくれるなら体位変換に協力してもいいと思ったが,術者は主治医を叱るばかりでこちらを見ようともしなかった。

私は「体位変換の際は首を両手で持って体幹の動きに合わせてくださいね。筋弛緩が効いているので首の据わらない赤ちゃんと同じです。下手すると脊損になります」と,少々大袈裟に脅かして部屋を出た。ローテーターは脳外から来ていたが,紛れもなく麻酔科の服を着ていたのでしぶしぶ私と一緒に外に出た。

か弱いナースひとりと脳外科医3人ではまず無理に思えた。病棟に電話して他の脳外科医を呼べば騒ぎが大きくなるが,さてどうするのだろうと見守っていると,別の部屋のナースが数人呼ばれて手伝わされていた。結局,とばっちりを受けたのはナースたちという形になってしまった。術者も少しは反省してくれるかと期待したが,最後まで麻酔科に詫びの言葉はなかった。

尚,体幹の動きに連動して首を保持することは難しいことではなく,麻酔科医の特殊技能ではない。麻酔科医がこれを放棄しても「意図的にpatientを危機に晒した」ことにはならない点を明記しておく。麻酔科医の代わりとなる人手を集めれば済むだけのことである。体位変換中にもしチューブが抜けたら? 仰臥位に戻して再挿管すればいいだけのこと。遠くにいたわけではなく,手術室のすぐ外で小窓越しに見守っていたのだから。

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September 24, 2005

バスの車掌

親戚に乗り物好きの子供がいる。特にバスや電車などの公共交通機関が好きなようで,行ったことのない駅や乗ったことのない路線のことまでよく知っている。その子に「昔はバスにも車掌が乗っていたんだよ」と教えてやるととても驚いていた。

昔のバスには現在のような運賃徴収の機械や両替機がなく,大きながまぐちをぶら下げた車掌が運賃を徴収していた。道路も狭く整備されていなかったため,転回や後退の際に車掌の誘導が必要であった。現在,都会のバスでは鉄道との乗り継ぎ引換券が発券できたり,鉄道と共用のプリペイドカードが使えたりする。均一料金でない路線ではどこから乗ったかを示す整理券が乗車口で発券され,降車口近くの電光掲示板に整理券番号ごとの運賃が表示される。道路は整備され,路線バスが公道でバックする光景はあまり見かけなくなった。バスの車掌は今で言うところのリストラに遭い,その職種は事実上絶滅した。路線バスの乗員が運転手ひとりであることは当たり前で,「ワンマンバス」という言葉すら死語に近い。

麻酔科医がバスの車掌と同じ運命をたどることはないだろうか。

現在の手術をとりまく状況はバス会社(病院)も,バス(手術室)も,路線(手術)も,運転手(外科系医師)も,乗客(patients)も多いが,車掌(麻酔科医)は少ない。会社はバスをたくさん走らせたい。同じ路線をとにかく数多く走りたがる運転手もいれば,新たな路線に挑戦したがる運転手もいる。バスの乗り心地が良くなってきたせいか,昔ならバスに乗りにくかった乗客も乗車可能になってきた。バスがある目的地に達すると乗客はバスを降り,運転手は交替する。そして新たな乗客を乗せて別の路線を走る。車掌だけはそのまま同じバスに乗っている。次の目的地に着いても同じ。車掌は酷使される。

完全自動全身麻酔装置というものが開発されたらどうなるだろう。いつか書いた非侵襲的人工肺に加え,病態に応じて輸液量を増やしたり麻酔薬・血管作動薬の加減をできる機能が備わったなら,麻酔科医という職種は滅びるかもしれない。

数十年後の爺医と研修医の会話
爺医:「昔,麻酔科という診療科があったんだよ」
研修医:「本当ですか? 麻酔なんて誰でもできることじゃないですか。 じゃ,静脈路確保科とかガーゼ交換科とかもあったんですか?」

先日,どこかの市バスの運転手同士が「道を譲れ 譲らない」を巡り,乗客をほったらかしにして喧嘩をしたらしい。車掌が乗っていたなら喧嘩は起こらなかっただろうか。それとも2対2のタッグマッチか乱闘になっていただろうか。

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September 19, 2005

幸せなおじいちゃん

某病院でのある日のこと。Ptは70歳代のおじいちゃん。手術は上腕骨の骨接合術。麻酔覚醒時に痛がらないよう,導入後にボルタレン座薬を挿肛した。他にオピオイドなどは使っていないのに術後の覚醒が今ひとつだった。手術中もラリマでの自発呼吸だったし,ラリマ抜去後も舌根沈下はなかったが,最後の手術でもあったので病棟までついて行くことにした。病棟の廊下ではPtの家族らしい老若男女10人ぐらいが待っていた。そのときはPtの覚醒が悪い理由をあれこれ考えながらだったので,大勢の家族を見ても「ストレッチャーが通りにくいな」「会話できるぐらいに醒めないとこの家族たちが心配するかな」程度のことしか思わなかった。

しかしよく考えてみると,全身麻酔とはいえ上腕骨の骨接合術である。手術日に大勢の家族・親戚が病院に集まることは珍しくないが,それは癌の手術や心臓手術のことが多い。「骨接合術では生命予後にかかわるような危険性がまったくない」とは言えないだろうが,心臓手術や癌の手術とは違い,手術の成否が直接命にかかわるようなことはまず無い。

田舎で「全身麻酔の手術を受ける」と聞くと,「そりゃー大変じゃ! みんなに知らせにゃ」となるのかもしれないが,私はそのおじいちゃんが幸せに思えた。

自分が骨接合術の手術を受ける際,一族10人が病院に来るとは到底考えられない。

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September 18, 2005

幸せなおばあちゃん

ある日,某病院の病棟でPtに麻酔の説明をした時の話。Ptは80歳代のおばあちゃん。傍らには孫と思われる10代後半の女の子。Ptには麻酔上のリスクがほとんどなかったため,それほど厳しいムンテラではなく,いつも通りの説明をした。おばあちゃんのほうは,にこにこしながら「何でも先生におまかせします」といった感じだったが,ふと女の子のほうを見るとポロポロ泣いていた。
「愛するおばあちゃんが,恐ろしい危険に立ち向かわねばならない」とでも感じたのだろう。

なんて幸せなおばあちゃんだろう。いや,その女の子も幸せに違いない。おばあちゃんから溢れんばかりの愛情を注いでもらっているからこその涙のはずだ。

親が子を虐待したり,子が親を刺したりする事件が報道されても驚かなくなった昨今,いい光景を見させてもらった。

自分が80歳で手術を受けるとき,一緒に麻酔のムンテラを聞いて泣いてくれる孫がいるだろうか。

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September 08, 2005

手術部運営会議

バイト先の更衣室のカレンダーに手術部運営会議と書いてあった。こんな田舎の,診療科の少ない病院でもこのような会議があるのかと思うと同時に,勤務医だった頃の数年前のエピソードを思い出した。

私が常勤医として働いていたその勤務先は,手術室がいくつもある大病院であった。その中央手術室をどのように運営するかを検討する会議が定期的に開催されていた。私は麻酔科の代表ではなかったが,担当者の都合が悪いということで代理として一度だけその会議に出席したことがある。会議には外科系各科の代表者の他,手術室の看護師長などが列席していた。その日の検討課題は,ピンチヒッターには荷の重いものであった。

某診療科代表:「手術待ちのクランケが大勢いる。手術枠を増やして欲しい」
私の心の中:ローテーターもろくに送ってこない某診療科がいきなり何を言うんだ。それに私は代理だぞ。いや,代理かどうかは向こうにとってはどうでもいいことか。とにかく反論せねば。
私:「麻酔科としては逆に手術枠を減らしてほしいくらいです。本当はローテーターには任せたくないような手術の麻酔も彼らに頼らざるを得ないほど,人員が不足しています」
某診療科代表:「ルンバールも麻酔科が担当するから人手が足らなくなるのではないか。ルンバールの手術は各科で麻酔することにしてはどうか。そうすれば,麻酔科のマンパワーは少し楽になるはずだ」

開いた口が塞がらないとはこのことだ。この某診療科が行うほとんどの手術は全身をヘパリン化する。つまり,ルンバールでできる手術は皆無といって良い。自分たちはルンバールのリスクや労力を負わず,ウロ・ギネ・オルトなどの負担によって捻出される麻酔科のマンパワーをよこせと言っているのだ。

ウロ・ギネ・オルトの代表者たちは困惑した様子だったが,はっきりした怒りの表情は見られなかった。他科の手術がどのような麻酔で行われているかなど興味ないだろうから,某診療科もルンバールの手術が盛んに行われていると誤解しているようだった。とにかく,彼らを味方にしなければと思った。

私:「先生の診療科はこの一年間にルンバールの手術は何件ありました?」
某診療科代表:「麻酔方法の統計はとってない」
私:「麻酔科の台帳を調べればすぐわかりますが,調べるまでもありません。ゼロです。最近は下肢のストリッピングもしてないし」
某診療科代表:「いや,まあ,そうかもしれないが」
私:「自分たちはルンバールをせず,ウロやギネがルンバールすることによって生まれる麻酔科の人的資源を自分たちの手術にもらいたいということですね」
某診療科代表:「いや,そうは言ってない。ただ一般論を言っただけで」
私:「ウロ,ギネ,オルトの先生方,これでいいのですか? 自分たちは全くルンバールをすることなく,先生らにルンバールをさせて自分達の手術枠を増やそうとしているのですよ」

この後,ウロ,ギネ,オルトばかりか,たまに鼡径ヘルニアの手術(ルンバール)を行う消化器外科や,ルンバールとは無縁の他の診療科も味方になってくれた。某診療科ではルンバールで施行できる手術が皆無と知って,私以上にカンカンに怒った医者もいた。さすがの某診療科も引き下がり,ルンバールを各科麻酔にする案は一蹴された。

某診療科は「傲慢で自分勝手なヤツしか本流に残れない」と陰口をたたかれていたが,まさにその通りだと実感した。

ただ,ルンバールが各科麻酔なら麻酔科は帝王切開からほとんど開放される。平日の某診療科の枠が1コマ増える代わりに夜中の帝王切開に呼ばれずに済むなら,そのほうが良かったかもしれないと,後になってから思った。

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September 02, 2005

大学病院の麻酔がバイトに

M大学で麻酔科医が大量辞職したという話は本当のようだ。バイトの麻酔科医,それも単発のバイトを募集している。しかも手術は心臓手術や肺切除術である。CABGや肺切は他科からのローテーターには荷が重いので,これらを外注にせざるを得ないのだろう。

大学病院の立派(?)な手術室で,見知らぬバイト医師が麻酔する時代が来たのか。

いや,大学病院というところは元々人間関係が希薄である。外科医は麻酔科医の名前を知らないし,麻酔科医が術者の名前を知らないことも多い。下心がある場合は別として,ナースとの関係もよそよそしい。大学は診療科も手術の種類も豊富だ。医者もナースも多いうえ,すぐ入れ替わる。麻酔科や看護部の教育方針にもよるだろうが,同じ術者に同じ麻酔科医・同じナースが組むことは年に何回もない。知らない人間が麻酔をかけていても,違和感は少ない。

もしかしたら,バイト麻酔に一番適しているのは大学病院かもしれない。モニターや挿管用具も各種揃っているはずだし。

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