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August 28, 2005

麻酔科医の存在価値

夏休みのあいだ,いろいろと余計なことを考えてしまった。フリーターという不安定な身分の人間が長期間休むと不安になるのは当然のことであるが,私が「2週間休む」と言っても,どの病院の外科系医師たちもそれほど困った様子が見られなかったせいもある。

各バイト先の外科系医師たちは,できれば麻酔科医などに頼らず,自分たちだけで手術を完遂したいと思っているはずだ。全麻手術でも局麻手術のように自分たちだけで麻酔ができれば,いちいち麻酔科医に連絡したり,検査の不備を気にしたりすることもない。私の目を気にすることなく,仲間内だけで冗談をとばしながら楽しく仕事ができる。

しかし,今のところ全麻手術には私が必要なようだ。ただ,彼らが私を必要とする理由,私にできて彼らにできないことは実はそんなに多くないような気がする。

全身麻酔に麻酔科医が必要とされる一番の理由は,呼吸管理だと思う。麻酔科医の仕事はもちろん呼吸管理だけではない。しかし,血管作動薬の投与や輸液負荷は麻酔科医でなくても可能だし,臨床医にとってそれほど難しいものとは思えない。現に外科系の医師たちは,全身麻酔よりも血圧が下がりやすいルンバールを自分たちで行っている。

呼吸管理というハードルがクリアされてしまうと,麻酔科医の存在価値が低くなる可能性がある。

例えばAEDの電極パッドのようなものをからだのどこかに貼るだけで酸素化と脱二酸化炭素が同時にできる装置,いわば非侵襲的経皮的人工肺とでも呼べるようなものが開発されれば,無呼吸時も気道の確保は不要となる。陽圧換気しないことによる無気肺の予防や誤嚥対策は必要かもしれないが,patientがハイポキシアにならないというだけで安心度は非常に高くなる。さらに,現在のオペ室でルーチンに装着されている心電図モニターにAEDや体表ペーシングの機能が付加され,心電図電極を兼ねた小さなパッドでも除細動やペーシングができるようになると,循環器系の安全性も高まる。そして「この装置があれば,麻酔科医を呼ばなくても大丈夫だろう」ということになる。

麻酔科医の存在価値について不安になっているとき,骨セメントによる死亡例に関する報道があった。新聞によっては「麻酔科医(相変わらず“麻酔医”となっていた)がそばにいれば対処できたはず」と解釈できる記事があった。トータルヒップはともかく,トータルニーはルンバールでも手術可能のため,麻酔科医がいなくても手術ができる。厚労省は以前から「骨セメントを使用する際は,急な血圧低下などに備え緊急対応のできる麻酔(科)医の監視下で使用するなどの対策を」などと警告してきたが,単なる指針や注意などではなく「骨セメント使用時には必ず麻酔科医が立ち会うこと」となれば,麻酔科医の存在価値は高まる。

麻酔科医不足は当分続きそうだし,それほど心配する必要はないかもしれない。そもそも非侵襲的経皮的人工肺なんてものがそう簡単に実現するとは思えない。

今年も何回か蚊に刺された。蚊は凝血を防ぐために唾液を注入した後,血液を吸い上げる。蚊が注入した唾液によってかゆみが生じるのは少し時間がたってからで,それまで蚊に刺されたことに気づかない。そう,蚊は唾液の注入も血液の採取も“非侵襲的”にやってのける。蚊にできることが人間にもできるようになるのは,遠い先のことだろうか。

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August 23, 2005

結果オーライ

春頃からバイト先の各病院で「夏は2週連続で休みます」とことあるごとに宣言していた。しかし,海外旅行など長期休暇を必要とする予定もなかったし,5月から6月にかけて予期しない平日の休みが結構あったためか,まとまった休みをあまり切望しなくなってきた。夏季休暇を1週間に減らそうかとも思ったが,周囲に「フリーターにはボーナスはないが,こんなに休みがとれるのだ」と見栄をはりたかったので,2週間連続の夏休みを実行した。「不本意な16連休」と書くと顰蹙を買いそうだが,少なくとも「待ちに待った夏休み」という気分ではなかった。

映画や買い物には行ったが遠出することもなく,実家(ここが一番遠かった)に顔を出した以外はほとんど自宅にいた。どこかのバイト先から緊急手術の麻酔依頼があったなら,「運がいいですね。今日だけはちょうど予定がなくヒマだったのです。ゆっくりしたかったのですが仕方ないですねー。今からそちらに行きます」と恩着せがましく引き受けるつもりだったが,どこからも連絡はなかった。

おかげでなまけ癖がつき,休み明けの第1日は病院への道のりが遠かった。そして,さんざんな目にあった。症例は多く,こちらのカンも鈍っていた。エピには時間がかかったうえ,抜けた感触がいまひとつだった。ラリマはフィットが悪くガーガー音が術者にまで聞こえていた。カンが鈍っていたのが私だけではなかったのか,ある症例では出血量が予想をはるかに上回り,MAPはもちろんFFPや血小板輸血までした。久しぶりに手術途中でのCVカテ挿入やノルアド投与を行った。後手後手に回り,ずいぶんあわてた場面もあったが「こんな田舎の病院でも血小板を入手できるのか」と口にしないほどの理性はあった。

仕事をしている最中は内心,「今日の麻酔はボロボロ」と思っていた。しかし仕事を終えて振り返れば,いまひとつのエピを入れた症例も術後痛がらなかったし,ガーガーLMAも最後までラリマでしのげた。大量輸血した症例もカリはそれほど上昇しなかったし,何事もなかったかのように覚醒・抜管できた。かろうじて「結果オーライ」といったところか。

「麻酔,いや,あらゆる医療行為が結果オーライなのだから」と自分に言い聞かせつつ帰途についた。帰りは,とても眠たかった。

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August 11, 2005

挿管依頼

ある日の夕方,4例目の麻酔導入を終え,少し疲れを感じながらも「終わりが見えてきた」とほっとし始めた頃,オペ室師長が院内PHSで誰かと話しながら私のところにやってきた。外来に救急患者がいて挿管が必要だが誰が試みても入らなくて困っており,「手が空いているなら挿管をお願いしたい」とのこと。隣の手術室で行われている3例目は血行動態が安定しているものの,出血量が増えてきてそろそろ輸血の準備をしようかという頃だったし,導入を終えたばかりの4例目にはエピにやや多めの局麻を入れてしまった。手術室を出て行くことは気が乗らなかったが,トラキライトと喉頭鏡を手に外来処置室へ向かった。喉頭鏡は外来にもあるのにわざわざオペ室のを持って行ったのは,外来の救急カートに入っている喉頭鏡は滅多に使用されないため電池が古くて暗かったり,接触不良でライトが急に消えたりするからである。

外来処置室は「この病院にこんなに医師がいたのか」と思えるほどのにぎわいだった。不謹慎なことだが,救急蘇生の現場はしばしば“祭り”にたとえられる。patientに分けてあげたいほどのカテコラミンが体内を駆けめぐっていそうな医師らは最初から祭りに参加していたのだろう。一歩引いた外側でたたずんでいる医師らは,遅れて参加したため祭りに乗り遅れた口か。

このような時,麻酔科医は祭りの輪の中心にある櫓にいきなり引っ張り上げられる。そして太鼓のバチの代わりに挿管チューブを持たされる。

しかし,周囲の「早く挿管を」という雰囲気に飲まれていきなり挿管操作を行うとロクなことはない。挿管を試みて失敗した医師たちは,麻酔科医も失敗することを期待している。「麻酔科でも難しいのだから,自分が挿管できなくても恥ずかしいことではない」という言い訳を欲している。

予定手術の挿管とは異なり,病棟や外来での挿管は条件が悪い。分泌物が多い。吸引ができない。筋弛緩ができていない。パルスオキシメーターがない。喉頭鏡がぼろい。ベッドの高さを変えられない。ベッドの頭側に立つスペースがない。など。

まずは,アンビューバッグでマスク換気しながら条件を整えていく。麻酔科医にとってマスク換気は助走のようなもの。助走無くしては高く跳べない。そしていつものようにモニターを確認する。ややtachyだがsinusだし,血圧も充分だ。自発呼吸はないがマスク換気は容易で,当初80台後半だったSpO2も90台に上がってきた。あわてる必要は全くない。口腔内を吸引してみると血液と唾液が混じった粘稠なものが引けた。マスク換気で奥へ押し込んだかもしれない。「もっと太い吸引カテーテルに替えて」と一応言ってみたが,やはりこれが一番太いものだった。仕方なくカテーテルをはずして吸引管を直接口腔内に入れようとすると,上の門歯がぐらぐらしているのに気づいた。誰に言うでもなく「この歯はもともとグラついていた?」と問うと,そばにいた医師が「何回か喉頭展開している間にやってしまったのだと思います」。思う?気づいてなかったのか! 私が何も確認せずにいきなり挿管していたなら,間違いなく私が折ったことになるところだった。気のせいか「救急の場で歯のことなんか気にするな」という視線が感じられた。
確かに顎は小さく,口も開きにくい。口腔内は出血と唾液だらけ。

トラキライトを持ってきておいて良かった。私は綿棒をもらって鼻道の太さを確認した後,トラキライトによる経鼻挿管を行った。一回で難なく挿管できた。内科系の医師たちはトラキライトを見るのが初めてらしく,狐につままれたような表情をあらわにしていた。アンビューで2回ほど換気すると,本当に挿管できたか心配なのか,聴診器片手に近づいてきた医師がいたが,その聴診器が胸壁に置かれる直前にアンビューをはずしてテープ固定した。彼らに聴診をまかすと時間がかかってしようがない。挿管できたのは血行動態の変化と胸の上がりとアンビューの感触でわかっている。片肺になってないかどうかだけ確認すればよい。テープ固定したので左手がフリーになった。その左手で聴診器を持ち,片肺でないことを確認するためアンビューを押しながら左右2回だけ聴診器をあてた。再びアンビューをはずして気管内吸引すると軽度のバッキングが生じ,少量の血液が混じった分泌物が引けた。

手術室が気になる。長居は無用だ。まごまごしているとレスピレータの設定だけでなく,今後の呼吸管理のことなども相談される。

「挿管の深さは大丈夫だと思いますが,ブラインドで入れてますので念のためレントゲンで確認しておいて下さい。私はまだ麻酔の仕事が残っていますので,じゃ」と言い残し,手術室に戻った。

手術室では3例目の出血量が1000mlを越えており,tachyとhypotensionで典型的なハイポボレミアだったが,まだ輸血されていなかった。「輸血の準備をしておいて」といっておいたが,本当に準備だけだった。
4例目は,「血圧が下がったらエホチールを1mgずつivして」と言ったおいたら,皮切直前にも投与したらしく,手術開始と同時に血圧が200mmHgを越え,術者の指示でペルジピンが投与されていた。セボの気化器のダイヤルは一切触れられなかったようだ。

私がいない間に手術患者にもしものことが起こったら,やはり私の責任にされるのだろう。

もう一度同じ状況が起こったら,私は挿管依頼を断るかもしれない。

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August 01, 2005

痩せたデブ

勤務医時代も含め,一日にこなした麻酔件数の最多を本日更新した。麻酔導入が完了し落ち着いた頃に別の部屋の手術が終了するタイミングが続き,リズム良く働けた。短時間の手術が多かったので帰宅もそれほど遅くならなかった。しかし,このような一日がたまにある程度なら仕方ないが,毎週は歓迎できない。私としては他の曜日にも振り分けて欲しいが,各診療科の検査や外来(午後診),応援医師との関係で難しいらしい。平日がだめなら土曜日でも私は構わないのだが。「フリーになっても土曜日に働くのか」と思われるかもしれないが,平日の休みが多いせいか土・日はヒマをもてあましている。日曜日は翌日の仕事に備えて完全休養したいが,土曜日なら働いても構わない。しかし,緊急手術ではなく予定手術を土曜日に行うなど,オペ室ナースだけでなく病棟のナースも難色を示すだろう。patientの家族には喜ばれるかもしれないが。

立場が違えば考え方もがらりと変わる。勤務医の頃は木曜日に外科医が「あさってくらいに緊急手術を入れて欲しいのですが」と言ってきたら激怒していた。「あさってって土曜日じゃないか。何が緊急なんだ。土曜日まで待てるなら月曜日まで待てるんじゃないか。待てないなら今すぐ手術すればいい」

その前にいた病院では麻酔科長が外科部長と仲が良く,土曜日の予定手術も引き受けていた。
我々はこのような,土曜日に予定される手術を「予定緊急手術」と呼んでいた。そう,「痩せたデブ」と同じである。

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